ラサ暴動の発端となった事件

  • 2008/05/05(月) 12:25:07

日本では報道されない ラサ暴動の発端となった事件 より転載

今回の一連のチベット騒動も、過去の例と同じように、
「ダライの扇動」によって始まったのではなく、
中国の卑劣な行為が発端となっている。

 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のラクパ・ツォコ代表が語る。

「日本ではまったく伝えられていませんが、
今回のラサでの暴動のきっかけは、
ある小さな事件が発端となっているのです」

 3月10日、中国のチベット侵略49周年を迎えたこの日、ラサの町は比較的静かであった。

確かに、一部でデモが行われるという噂もあったが、
中国当局の警戒により、そうした動きは未然に封じ込められていた。

そうしたことは例年のことでもあり、ラサ市民もそれほど神経質にはなっていなかったという。

 ところが、その朝、バルコルのアーケード近くのラモチェ寺で異変が起こった。

5、6人の僧侶が道端に立ち、「フリー・チベット」と叫んだのだ。

それが発端だった。

警戒に当たっていた中国公安部の官憲が即座に僧侶たちを拘束すると、
市民の目の前で暴行を加え始めたのだ。

僧侶に対しては特別な敬意を抱くチベット人は、そうした光景には慣れていなかった。

100人ほどの市民が集まり、固唾を呑んでその成り行きを見守っていたが、
一向に暴行は止まない。

 ついに激しい懲戒の末、僧侶の2人が意識を失い、
微動だにせず地面に臥してしまった。

官憲が去った後、市民が抱き起こすとすでに息は絶えていた。

 ツォコ代表が続ける。

「この二人の僧侶の死がきっかけとなって、
半世紀の間、ずっと我慢し続けていたラサ市民が、鬱憤を爆発させたのです。

しかし、法王さま(ダライ・ラマ14世)は一貫して非暴力を訴え続けてきており、
扇動など一度たりともしたことがありません。

中国政府との関係では〈中道路線〉を採用し、対話を呼びかけ、
『独立』ではなく『高度な自治』を求めているにすぎないのです。

オリンピックに関しても、ずっと北京開催を支持してきています」

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