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国際社会から「忘れられた土地」ダルフールの悲劇

  • 2008/05/02(金) 16:30:35

国際社会から「忘れられた土地」ダルフールの悲劇  より転載

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アフリカ系とアラブ系が共存していたダルフール

ダルフールは、1ページ目でも書いたとおり、フール人の国です。
ダルとは、国、という意味で、
フール人の国、これがダルフールの語源です。
フール人はアフリカ系の黒人です。

ダルフールは、17世紀(16世紀という説もあり)に王朝が作られ、
イスラムを取り入れて発展しました。

とはいっても、ダルフールはフール人だけが居住しているわけではありません。
マサリート人、ダジュ人、ザガワ人、バルティ人などと共存しています。

その多くは定住農耕民族です(ザガワ人は遊牧民という情報もありますが)。
彼らもまたイスラムを取り入れています。

そして、ダルフールにはさらに、
アラブ系のリザイカート人
(またはバッカーラ人。バッカーラ人をさらに分けてリザイカート人)が住んでいます。
当然イスラムです。
彼らは遊牧民なので、フール人たちとは違いあちこち廻って生活しています。


ダルフール紛争の開始

このフール人とリザイカート人の対立は前々からあったようです。

砂漠化の進行でリザイカート人の牧草地がなくなったため、
リザイカート人が徐々にフール人の居住地に接近するようになったころから、
両者の緊張関係は増していったようです。

1975年くらいから紛争は起こっていたようです。
1980年代にはダルフールの自治が認められたりしたようですが、
1985〜88年には早くも内戦化していました。

そして1990年代になると、
アラブ系民兵ジャンジャウィードによる
フール人・マサリート人村襲撃が起こるようになり、
2001年からは頻発するようになります。

しかし、アラブ系スーダン人の多い北部政府は、なにも手を打ちません。

そうしたなか、スーダン解放軍(SLA)と正義と平等を求める運動(JEM)が
2003年、相次いで蜂起し、ダルフール紛争が本格化したのです。

そして、ジェノサイド(集団虐殺)へ

フール人とマサリート人の反攻に対し、
ジャンジャウィードは、同じアラブ系が中心の政府空軍の空からの援護を受け、
攻撃をエスカレートしていきます。

当然、圧倒的にジャンジャウィードが有利で、
次第にダルフールは黒人虐殺・虐待の舞台となってしまいました

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