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「暁に祈る」という事件

  • 2008/04/19(土) 15:04:28

平和祈念展示資料館 より転載 
実名報道
昭和24年「暁に祈る」という事件が朝日新聞の報道により世間に登場した。

ウランバートル郊外にあった収容所で
戦犯追及を逃れるために偽名を使っていた元憲兵伍長が、
ソ連軍の管理将校に取り入り、隊長になって、
暴力支配体制を敷いて収容仲間を酷使したという。

さらに、作業能率の低い者や逃亡に失敗した者を
棒杭に裸のまましばりつけて終夜放置し、多数を凍死させたという。

明け方、頭を垂れて絶命している姿が祈っているようであり
「暁に祈る」と呼んだというのだ。

「吉村」と自称していた「隊長」が長崎県に帰国していることが判明、
朝日新聞が「生きていた吉村隊長」と
実名で報じたことから大変な騒ぎとなった。

元隊員達は、殺された戦友達の弔いの行動に出た。
そして、国会が真相究明に乗り出す事態になった。

昭和26年、吉村隊長は国外犯として刑事責任を追及され、
元隊員達の証言などから有罪となり、懲役3年の刑が確定した。

吉村隊長の母親は朝日報道を苦に自殺していた。

虚報は歴史となった
現在この話は「吉村隊長事件」「暁に祈る事件」などとして多くの書物に載っている。
事件は事実だったと信じている人が多い。

ところが、これは朝日新聞の嘘報が招いた冤罪であった。

吉村氏は服役し出所後は行商などで生計を立てながら無罪を主張し続け、
それを受けて弁護士やジャーナリストなどが事件を再調査、
やはり無実であったとの報告が昭和63年にまとめられた。

しかし、再審請求をする間もなく翌年の平成元年、吉村氏は73歳でこの世を去った。

朝日の第一報は噂話をもとに創られたもので
当の吉村隊長には一切取材をしていない。

続報の途中、朝日側は嘘報に気付いていた。
しかし、朝日新聞は訂正するどころか
必死になって糊塗する動きにでた。

何が何でも吉村氏を「悪魔の極悪人」に仕立て上げ、
「吉村を裁け」という世論を高めるため、
朝日紙上で繰り広げられた弾劾キャンペーンは激烈を極めた。

吉村氏本人や、氏のため真実を語ろうとする人は、
朝日という強大なメディアによって犯罪人としての指弾を受けた。
反論を全く封じられた吉村氏は、為す術もなく服役させられたのだった。

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