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アドルフ・ヒトラー

  • 2008/03/17(月) 13:25:20

ヒトラーは、オーストリアで画家になる前に、
伍長としてドイツ軍に従軍した。
ドイツの敗戦に個人的な恨みを抱き、ドイツ領ミュンヘンにおいて
民衆の煽動家として活動を開始した。

「ドイツ帝国の栄光とドイツ人の団結力を取り戻し、
全世界征服のためにドイツ軍を立て直せ」と訴えた。

奇妙なことだが、安っぽい道化師ヒトラーは、
民衆を煽動する術をわきまえ、人をひきつける魅力を持っていた。

しかし、ドイツの新政権はもはや戦争を望まず、
この忌まわしいオーストリアの画家を牢獄にぶちこんだ。

陰謀家たちは、この男を正しく指導し、資金を与えるなら、
新たな世界大戦を引き起こすことができると踏み、
彼の収監中に、ルドルフ・ヘスとヘルマン・ゲーリングに
命じて一冊の本『我が闘争』を書かせ、
それをヒトラーの作として出版した。

それは、リプデノフが著した”Mission to Moscow”を
ジョセフ・デイヴィーズ(当時の米国モスクワ大使でありCFRの傀儡)
の作としたのと同様である。
『我が闘争』において、このゴーストライターたちは、
ヒトラーの恨みと、ドイツ国民の栄光を回復する方法を略述した。

陰謀家たちは、ヒトラーを熱狂的に支持する人間を集めるべく、
ドイツ人の間にこの著書を広く普及させるための方策を練った。

ヒトラーが出獄する(これも陰謀家たちが手を回したおかげだった)と、
陰謀家たちは、すぐに彼に身支度をさせ、軍資金を与えて、
ドイツの他の地方に向かわせた。

そこで彼に人々を煽動するメッセージを語らせるためだ。
ヒトラーは、退役軍人の間で急速に支持者を集めはじめた。
大衆は彼を愛するドイツのために立ち上がった救世主とみなすようになった。

その後、「茶色シャツ隊」と呼ぶ軍隊のリーダーとなり、
ベルリン行進を実行した。
これにかかった多額の費用はすべてロスチャイルド家やウォーバーグ家、
他の陰謀家たちによって賄われた。

徐々にヒトラーは、ドイツ人のアイドルとなり、
フォン・ヒンデンブルク政府を倒し、ついには総統になった。

しかし、これでも戦争を始める十分な理由ではなかった。

全世界はヒトラーの登場を注視していたが、
あくまでもドイツの国内事情として不介入を決め込んでいた。
ドイツに対抗し、戦争を起こす理由を見出た者は皆無であった。
ドイツ国民も隣国に侵略するほどの狂乱の中にはまだ放り込まれておらず、
後に戦争に発展することになるフランスとの関係も悪化していなかった。
陰謀家たちには、このような狂乱が必要であった。

つまり、ドイツ人に思い切った行動に移らせ、
同時に全世界を恐怖のどん底に突き落とすほどの狂乱が。
ちなみに、『我が闘争』の内容は、事実上、
カール・マルクスの『ユダヤ人のいない世界』の補足でしかない。

陰謀家らは、突然、シフ=ロスチャイルドのギャングが
ロシアにおいてポグロムを作り出し、
おびただしい数のユダヤ人を虐殺させ、
世界の世論をロシアへの憎悪に導いたことを思い出した。

彼らは、これと同じ不条理な戦略を用いて、
ヒトラーに率いられていたドイツ国民をユダヤ人憎悪に駆り立てることを決意した。

たしかにこれまでドイツ人がユダヤ人に対して
特別な好意を抱いたことは一度もなかったが、
しかし、彼らに対して根深い憎悪を抱いていたというわけでもなかった。

そのため、陰謀家たちは、そのような憎しみを醸成する必要性を感じていた。

ヒトラーにはそれを実行する務めが委ねられた。

この戦略は、ヒトラーの目に魅力的に映った。
なぜならば、自分をドイツ人の「現人神」として
祭り上げようとするおぞましい計略をその中に見たからだ。

資金面での助言者であるウォーバーグ家やロスチャイルド家、
すべてのイルミナティのリーダーたちによる巧みな誘導と指導のもとに、
ヒトラーは、憎むべきベルサイユ条約と戦後の経済破綻の責任を
ユダヤ人に押し付け、彼らを非難しはじめた。

その後の事情は歴史が示すとおりである。
ヒトラーは収容所を作り、幾十万人ものユダヤ人を焼却炉で処分した。

陰謀家たちが主張する6百万人や60万人という被害者数は事実と異なる。

しかし、今数字について論じるのをやめよう。
繰り返すが、国際銀行家たち、すなわち、ロスチャイルド家、
シフ、レーマン家、ウォーバーグ家、バルーチ家は、
自らの邪悪な計画によっていかに多くの同胞が
犠牲になろうが関係ないと考えているのだ。
ヒトラーが虐殺した数十万のユダヤ人の命など彼らにとっては屁にも値しないのだ。

彼らは、以後の戦争における虐殺された幾百万もの人々の命と同様に、
それをイルミナティの世界統一計画を
推進するための必要な犠牲と考えていた。

ここにもう一つの、強制収容所に関する身の毛もよだつ詳細な記録がある。

強制収容所で働いていたヒトラー軍の死刑執行人たちの多くは、
以前ロシアに送り込まれ、拷問と虐待の技術を学んでいた。
残虐行為がいかに恐ろしいものであったかを強調するためだ。

これにより、世界の世論はドイツ人憎悪に傾いたが、
それでも戦争の理由にはならなかった。

そのため、彼らはヒトラーをけしかけて「ズデーテン地方」を要求させた。
チェンバレンと当時のチェコスロバキア外交官、
及び、フランスは、その要求に屈した。

波に乗ったヒトラーはさらにポーランドの領土と
フランスの皇帝領をも要求したが、拒絶された。

そこで彼は、スターリンと不可侵条約を締結した。

ヒトラーは、共産主義に対して憎悪を露にしていたが、
実際のところ、ナチズムは社会主義にほかならず、
共産主義とは実際上社会主義なのだ。
しかしヒトラーは、これらすべてを軽視した。
ヒトラーがスターリンと条約を結んだのは、
ポーランドを攻撃し、両国の間で分割するためだった。

スターリンは、ポーランドの一部に侵攻し
(この侵攻を非難されたことは一度もなかった
[イルミナティの指導者たちが裏で手を回したからだ])、
ヒトラーはドイツ側からポーランドに「電撃」侵攻を開始した。

陰謀家たちは、ついに世界戦争を起こすことに成功した。
この戦争はきわめて恐ろしいものだった。

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