ナチスとシオニストの協力関係

  • 2008/03/11(火) 16:45:41

http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hd/a6fhd300.html
より転載

同化主義ユダヤ人と異化主義ユダヤ人の対立

シオニストたちが最も恐れていたこと、それは反ユダヤ主義者たちの策動ではなくて、
むしろ、世界のあちこちに散らばっているユダヤ人たち(ディアスポラ)が
彼らの民族としてのアイデンティティを失って、
それぞれの住む国家社会に「同化」してしまう、ということだった。

このナチスがユダヤ人の組織を「支援に訪れた」とは、
意外も意外の表現だが、これには切実な理由がある。

当時のユダヤ人社会の中には、西欧文化に「同化」しようとするユダヤ人と、
「異化」してイスラエル共和国の建国をめざす
シオニスト・ユダヤ人との対立があった。

狂信的な「異化」論者のシオニスト・ユダヤ人にとっては、
「同化」論者のユダヤ人こそが、打倒すべき当面の敵であったのだ。

だから、ユダヤ人全体の排斥を政策とするナチスは、
「敵の敵は味方」という戦国の論理で、「味方」に位置づけられたのだ。

もともと、シオニストとナチスは
「ウルトラ民族主義」と「暴力的手段の行使」の2つの主要な柱で一致している。

一連のホロコースト疑惑騒動の中で、
シオニスト勢力が最も触れられたくない部分は、
ナチス高官とシオニスト組織の上層部が水面下で手を結んでいた
あるいは「共生関係」にあったという
奇妙な構造があったという事実である。

「我々(ナチス)が欧州からあなたたち(ユダヤ人)を追い出さなかったら、
あなたたちの国(イスラエル)はここには作られなかった。」

「1944年という遅い時期に至ってさえ、ドイツ海軍の援護の下に
数隻の船がルーマニアから黒海をぬけて、ユダヤ人移住者を運んでいた。」

シオニストはヨーロッパの正統派ユダヤ教徒
(同化主義ユダヤ人含む)を犠牲の生け贄にしたという。

狂信的な「異化」論者のユダヤ人たちは、
同胞である正統派ユダヤ教徒を裏切って
イスラエル共和国を建国したと告発しているのだ。

ユダヤ人ラビ・ウェイスマンデルのことも触れておきたい。

彼はドイツにいたラビ(ユダヤ教指導者)であった。
シオニストではない。
ナチス・ドイツ占領下にいた200万人にものぼるユダヤ人を何とか救おうとして、
シオニスト機関に金を要求したのであった。

シオニスト指導者の答えは、
「彼らが流す血によってこそ私たちは土地を得ることができるのである」
というものであった。

200万人以上のユダヤ人の血があればこそ世界から同情を得て、
シオニスト国家をつくることができるという意味であった。

しかしなおラビ・ウェイスマンデルは同胞を救うための金を要求した。

そのときシオニスト機関は次のように言ったという。
「チェコスロバキアから出てくる20人のあなたの親しい友と、
あなた自身の命を救うための金だ。
そしてその他の残れる者たち、すなわち老若男女、乳児などの血によって、
その土地は私たちのものになるのだ。」

ラビ・ウェイスマンデルはなお多くの同胞を救いたいと心から願っていた。
だが、彼はシオニストに助けを求めることは無駄であるとわかった。
彼らにとってはパレスチナの土地こそが人間の命より重要だったからである。

ヒトラーはユダヤ人絶滅命令を一回として出してはいない。

彼が部下に命じたのは追放することのみであった。
そのユダヤ人追放が大量に達したとき、
ヒトラーは当時のシオニズムの指導者であったハイム・ワイツマン
(後の初代イスラエル大統領)にある取り引きを申し出た。

ユダヤ人たちをそちらに渡す代わりにドイツへの経済援助を求めたのである。
これは歴史的事実である。

しかし、ワイツマンはそれを断った。

ユダヤ人たちが迫害され、あるいは殺されることによって
それがイスラエル建国のバネとなり、また戦争後のユダヤ人たちが
世界にアピールしていくときのバネになると、彼ははっきり答えたのだ。

戦後南米に逃亡した元ナチスの高官は、
シオニスト・ユダヤ人について次のように語っている。

アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人について知りすぎていた男だった。
ヒトラーはユダヤ問題解決のため、
アメリカやイギリスと極秘のうちに話し合いを進めていた。
その時の連絡係を果たしたのがアイヒマンだった。

役目上、彼は国際ユダヤ組織のトップたちと何度となく話し合っている。
そして彼らの考えを克明に記録に残したのだ。

アイヒマンは彼らに対して、
もしアメリカもイギリスもユダヤ国家建設に協力しないなら、
ドイツとしては彼らを隔離するために
収容所に入れざるをえないだろうとまで言った。

すると彼らは反対するどころか、大賛成の意を表明したのだ。

さすがにアイヒマンもこれにはビックリしていた。

彼らのうちの誰が何を言ったかまで
アイヒマンは記録していた。

「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人の実態について、
いつかは記録に残しておくとたびたび語っていた。
南米での逃亡生活中、サッスンというオランダ人の元SSとインタビューした時に、
アイヒマンの言葉はテープに記録された。

アイヒマンも馬鹿なことをしたものだ。

あんなインタビューなど決してするべきではなかった。
あの裏切り者サッスンの甘言に乗せられてしまったのだ。
サッスンはそのテープをイスラエル側に1万ドルで売り渡した。
たったの1万ドルとは彼の命も安く見られたものだ。
あのテープを聞いてユダヤ人はビックリしたに違いない。
シオニストの秘密が逐一語られていたのだから。」

ベングリオンの発言から、シオニストの基本的な目的は、
ユダヤ人の命を可能な限り大量に救うことではなくて、
多くの犠牲を強いながら、パレスチナにユダヤ人国家を創設する
ことにあったことがわかる。

「シオニズムはすべてに優先する」
と宣言していたシオニスト指導者イツァク・グリーンバウムは、
次のような見解を表明していた。

私は反ユダヤ主義者だと言われるかもしれない。

私が『亡命者』を救おうとしなかったとか、
私がイディッシュ(東欧系ユダヤ人)の暖かい心を持っていないとか、……
言いたい人には言わせて置くが良い。

アメリカのシオニスト運動指導者たちは、
ホロコーストの間もパレスチナに
将来のユダヤ人国家を建設する計画に精力を傾けており、
ヨーロッパのユダヤ人の救済は二の次であった。

「ホロコースト」の語源は、
かつて古代ヘブライ人が新年祭で行なった「全燔祭」のことで、
この時、国の発展を祈願して様々な生け贄が供犠所で捧げられたのであるが、
最大の生け贄が人間だった。

今でも「ホロコースト」は
“神に捧げる犠牲(人身御供)”という意味を持つ。

現在、多くの人が、ナチスのユダヤ人虐殺を
「ホロコースト」と呼んでいるが、これは皮肉にも悲劇の本質を表現しているといえる。

ヒトラーのユダヤ人迫害は、
シオニズム運動を最大限に推し進めることになった。

ヒトラーなくしてシオニズムの成功はなかったし、
シオニズムなくしてヒトラーのユダヤ人迫害は無意味だったと言える。

ある意味、ヒトラーはイスラエル建国の影の功労者であったといえる。

用済みとなったヒトラーの後釜として、
シオニズムを推進したのがユダヤ人投機家の孫チャーチルである。

彼は初めて「鉄のカーテン」を口にして冷戦時代を発足させたのみならず、
嬉々として「我々のシオニズム計画」と発言している。

これは彼がシオニズムの信奉者だったからに他ならない。
いやしくもイギリスの首相が、嬉々として「我々のシオニズム計画」
などと発言するのは、常識では考えられない。

「ユダヤ的遺産は明白であり、間違えられようがない。
それは変わらずに続いてきた。
一方、シオニズムは特定主義であり人種差別主義であるのに対し、
ユダヤ教=ユダヤ主義は普遍主義であり人種統合主義である。

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