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宮廷ユダヤ人 3

  • 2008/03/11(火) 14:39:35

http://www.snsi-j.jp/mail/diary.cgi?no=4&past=69より転載

このころポルトガルに1391年の最初の迫害で逃れていた名門宮廷ユダヤ人がいる。
元はカスティリャの大富豪であったのだが、
ポルトガルで出納長になっていたアブラバネル家である。

出世頭のイサーク・アブラバネルは
ポルトガルの財務大臣に上り詰めていたが、
ある公爵らの隠謀に連座したためにポルトガルを追われてトレドに逃れた。

ここでフェルナンドとイザベラの出納長となる。

1492年の完全追放のときは王もイサークを手元においておきたかったが、
失敗してナポリに移住する。

ここで、再び啓明王といわれるフェルディナント一世の財務大臣になる。

このユダヤ人達が金融業を営むと同時に、
15世紀末からの大航海時代と重商主義の流れに乗って
ヨーロッパからオスマントルコに散らばっていた
ユダヤネットワークを活かして広域商取引に乗り出した。

これが19世紀から現在に至る国際金融システムの端緒なのである。

16世紀南ドイツ、アウグスブルグのフッガー家が
ローマ教皇や諸侯に対して宮廷貸し付けを開始したが、
これが宮廷ユダヤ人(ホフユーデン)を生み出すことになる。

この宮廷ユダヤ人はゲットーとのつながりを密接に持ち、
あるいはそこに実際に居住しつつ、
宮廷の財務大臣の役割を果たした人々である。

宮廷ユダヤ人は17世紀、三十年戦争で活躍し、
彼らの宮廷での役どころは、戦費と軍需物資の調達
国家財政の顧問と資金提供、そして貨幣の鋳造であった。

金貸しの仕事とは債権の回収である。
債権さえ回収できれば誰からでもいい。

しかし、中世までの債務はそれを負った個人本人のものであって、
第三者に売ることは出来ないということになっていた。

少なくともこうした債券売買はこのころまでは
奇怪で邪悪な方法と思われていたのである。

しかし、そのような信用と流通証券に基づいた商取引を
ユダヤ人が作ることが出来たのは、タルムードが、
非個人的な信用制度を認めつつ、
負債は支払いを要求するものに支払われなければならない
と規定していたからであるという。

つまり債権を保持するものは誰であってもよく、
債権の売り買いが出来るということなのである。

当然その債権は回収が保障されている相手に対するものが最もいい。

それは国の主権者(ソーヴリィンティ)つまり、王、領主、司教そして皇帝である。

彼らは徴税権を持っているから、
領民がいる限り無限にお金を支払えるからである。

さらにその徴税権を担保に取れば、自らが税金を徴収、
あるいはそれを売り買いすることが出来るのである。

土地所有を禁じられたために土地に縛られていないだけ、
そうした割り切った行いが可能である。
最悪の場合債権を放棄して、あるいは売って逃げればいいだけなのである。

神聖ローマ皇帝の場合「金印勅令」によって
その権利(この場合領内のユダヤ人に対する徴税権)を
諸侯に売り渡してしまっている。

次に諸侯はその徴税権を誰に売るのであろうか?

次はユダヤ人に対する徴税権をユダヤ人に売るしかないのである。

つまり、税金の免除、優遇である。

ユダヤ人はこれを利用してこの債権を他の事業で運用すればいいのである。
この状況が三十年戦争の後から始まっていったのである。

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