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“ミュンヘン”への報復
- 2008/03/05(水) 07:57:25
http://www.nhk-jn.co.jp/002bangumi/topics/2006/018/018.htm
より転載
■ 証言 イスラエル暗殺部隊
〜“ミュンヘン”への報復〜
(イギリス・BBC制作)
1972年9月5日、旧西ドイツのミュンヘンで開催されていた
オリンピックの最中に、パレスチナの武装グループ、
ブラックセプテンバー「黒い9月」が選手村を襲撃。
イスラエル代表チームの選手とコーチら11人を人質にとって立てこもった。
襲撃犯はイスラエルの刑務所に収容されていたパレスチナ人の解放を要求。
選手村で人質2人を殺し、ドイツ当局との銃撃戦で残りの全員も殺害した。
イスラエルのゴルダ・メイア首相はテロと断固として戦うことを宣言し、
秘密委員会を設立。
ミュンヘンでのテロに関係した「黒い9月」のメンバーをリストアップした。
目的は逮捕ではなく、暗殺だった。
任務に当たったのはイスラエルの情報機関モサドの暗殺部隊、バヨネットである。
まずミュンヘンのテロ事件から6週間後、ローマで最初の標的を計画通り暗殺し、
続いてパリで第二の標的を殺害した。
次に標的となったのはレバノンの首都ベイルートに住む3人のテロリストだった。
70年代始め、ベイルートでは内戦が繰り広げられ、
PLOが事実上の実権を握っていた。
イスラエルの部隊は変装してそこへ潜り込み、3人を殺害した。
そしていよいよ最大の標的、
「黒い9月」の幹部アリ・ハッサン・サラメを狙う。
モサドは初めノルウェーでサラメと思われる人物を発見し殺したが、
それは別人だった。
モサドのメンバー6人がノルウェー警察に逮捕され、
ヨーロッパでの活動の全容を自白したメンバーによって、
暗殺計画は窮地に追い込まれることになった。
しかしその6年後、レバノンでPLOの幹部になっていたサラメに、
モサドはイギリス人女性を潜入させてサラメの行動を偵察し、
道路に爆弾を仕掛けてサラメ暗殺に成功した。
番組では実際に作戦を遂行した暗殺部隊やモサドの元メンバー、
被害者遺族の証言を元に、この報復作戦の全容を浮き彫りにしてゆく。
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