バイオテクノロジーで得をするのは誰か?

  • 2008/03/02(日) 12:25:16

http://www.newfarm.org/japan/features/200312/200312006IowaGem/SJ_IowaGem.shtmlより転載

2年前の特報発掘!

アイオワ州の農業経済学者が遺伝子組み換え作物に反対して、
その経済的側面からの研究結果を報告――

敵対する聴衆者たちを前に、偏見や先入観がなく、
しかも、完全に納得させるような主張内容

2001年、マイケル・ダフィーは、アメリカ種子取引協会で
バイオテクノロジーで得をするのは誰か?」
という講演を行い、このテクノロジーを利用して得をするのは、
このテクノロジーを利用する農家ではないということを、明確に立証した。

◆バイオテクノロジー

伝統的な方法では、
交配は生物学的に似たもの同士の場合に限られていました。

ところが現代の科学者は、バイオテクノロジーの力を用いて、
従来の交配技術では絶対に不可能だった
動植物を作り出すことができるのです。

バイオテクノロジーを支持する人々の多くが、
このテクノロジーは世界の食物供給のために
必要であると言っていることです。

もしバイオテクノロジーを使わなければ、
世界中の人々の多くが飢餓やその他栄養不良に起因する病気に
直面するであろう、と彼らは主張するのです。

これは確かに懸念すべきことではあります。
しかしながら過去の歴史が実証してきたところによれば、
食物を供給されているのは飢えた人々ではなく、
むしろ豊かな人々、つまり食物を買う財力がある人々の方なのです。


緑の革命も初期の頃は、世界の飢餓を無くす手段として推進されました。

その結果、確かに食糧生産は増大しましたが、
今なお飢餓に苦しむ人々がいるのです。

この問題の核心は生産ではなくて、むしろ流通や政治にあるのです。

除草剤耐性大豆

全ての経費を考慮すると、
除草剤耐性大豆の栽培圃場と非耐性大豆の栽培圃場とでは、
経費の差は実質的には存在しないといえます。

除草剤耐性種も非耐性種も収益が同程度であるとしたら、
なぜ除草剤耐性作物がそんなに簡単に採用されてきたのでしょうか?

数年前、除草剤耐性種が植えられていた農地なんて全くなかったのに、
概算によれば半分あるいはそれ以上の農地で
植えられるに至ってしまったのです。

この現象にはいくつかの理由があげられます。

第一に、多くの生産者にとっては、収穫が容易であることが、
最優先と見なされるからです。

たとえ、その収益において明らかな優位性がなくても、
より容易に短時間で収穫できるという理由により、
農家は新しい技術を喜んで採用するのです。

特に大変な雑草問題を抱えている圃場で、
農家が除草剤耐性種を使っている可能性もあります。

平均収益が同程度なら、
同じ除草剤耐性種だけを使う方がより簡単です――

そうすれば、異種の大豆が混ざり合う問題が生じることはありませんから。

なかには圃場がきれいに整っていることにこだわる地主もいて、
除草剤耐性種はそういった圃場の選択肢をも提供しています。

(除草剤耐性大豆圃場に除草剤を全面散布すれば、
大豆以外の植物はきれいさっぱりと枯れて、
見かけ上圃場はきれいになるわけですから、見かけにこだわる地主なら、
除草剤耐性大豆を選択するようにと圧力をかけてくることもあるでしょう)。

Btコーン

除草剤耐性大豆と同様に、Btコーンも収益は
基本的に非Btコーンと同程度に過ぎなかったのです。

Btコーンは除草剤耐性大豆のようには
作付面積が増加してはいないのですが、
ここでも、そもそも農家の人たちが同様の技術を採用する理由は
何なのかという疑問が生じてきます。

とりわけ、Btコーンに関しては、
その安全性を巡って市場販売が問題視される可能性があるのに。

現在のところ、農家の多くは、一種の保険としてBtコーンを植えているのです。

害虫の集団が発生するかどうかは季節初めにはわからないのですが、
害虫の発生しやすい圃場や条件は存在します。

そのような圃場では、Btコーンを使用すれば、
劇的に違った結果をもたらす可能性があるのです。

◆結論

今日、バイオテクノロジーから最大の利益を得、
それ故バイオテクノロジーの第一の支援者となっているのは
種子会社と農薬会社です。

農家は、金銭面ではない恩恵をいくらか受けているようです。

そして、反対の議論はあるにしても、
消費者の利益について現時点で明白に言えることは、
ただ雑多で不透明だということだけです。

バイオテクノロジーは極めて強力な道具ではあります。

それは、多くの予期せぬ問題を孕んでいるだけでなく、
多くの有用な生産物を生み出す可能性も秘めています。

新しい技術に関しては常にそうであるように、
その評価には慎重を期す必要があります。

しかし、公共の利益になる製品の開発を、
民間の企業に期待するのは賢明なことではありません。


企業は営利目的の活動を行うのであり、
そこで追求される製品は、
その目的達成のために作られているのです。

民間企業の研究にそれ以外の結果を期待することは
見当違いであり、また現実的でもないのです。

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