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緑の革命 2

  • 2008/02/29(金) 16:44:08

http://www.eonet.ne.jp/~snake/zemi/2003/mexico/greenrevolution.html
より転載

絶賛を浴びた「緑の革命」であったが、
1970年代に入ると苦渋のときを迎えることとなる。

1971年には増産効果にかげりが見え始め、
72年にはインド、中国をはじめとするアジア諸国、
さらには全世界が、異常気象による不作に見舞われてしまった。

1971年、フィリピンでは病害虫が発生し、
コメの自給を達成したばかりの同国は再び輸入国へ転落した。

新品種の干ばつに対する抵抗力の弱さも指摘されるようになった。

また、環境問題への関心の高まりにより、農学者や環境学者から、
「緑の革命」は環境破壊をもたらすという攻撃も浴びることとなった。

ここで導入されたハイブリッド品種(HYV種)は
特徴として、化学肥料と農薬の効果を最大限に生かすよう改良されたもので、
短く堅い茎、小さくまっすぐ伸びる葉を持つ。

茎が折れずに多くの穂を支えられるように、
近接して植えられても互いに太陽光を妨げないように、
そして根の構造も化学肥料が必要な養分を
供給してくれるので在来種に比べ小さくなっている。


HYV種は茎が短く太いため、よく繁った葉には虫が発生しやすく、
また単一生産である点もその一因を担い、多量の農薬を必要とするし、
バイオマス消費が大きいため化学肥料も水も多量に必要とするのである

これらのことにより、環境へ悪影響を及ぼすのである。

「緑の革命」の成功のためには、
新品種だけを導入しても意味がなく、
それと同時に灌漑施設、化学肥料、農薬、豊富な水などの
近代的投入・多額な投資を必要とする。


何故ならその成果を持続させるために、
農業投資を維持しなくてはいけないからだ。

したがって、ある程度の土地所有規模を持った農民は
新技術を採用することができたが、小農・限界農にとっては難しいことであった。

投入資金貸付の制度なども設けられていたが
上手く機能していたとは言えないものであり、
資金が必要である小作農家にはあまり提供されず、
大農家のほうが多く貸し付けをうけている状況であった。

以上のことより、富農と貧農の二極分化が進んだのである。

1961年、本格的に高収量品種の小麦を導入したインドのパンジャブ州では、
驚くほどの高収量を見たが、1980年代に入り、異変が現れてきた。

ウォーター・ロギングという現象により、田畑が水浸しになり、
土地が多量の化学肥料の投入、そして灌漑により塩類集積を起こし、
荒廃した土地となってしまった。


その結果、1エーカー当たり2tだった収量が15kgにまで減り、
パンジャブ州の6万haもの土地が塩害を受けた。

「高収量品種と化学肥料を無計画にばら撒き、
水の管理をどのようにするか知らされていなかった」と、
塩類集積により5分の1の土地を失った農民は話した。

この「緑の革命」は80年代後半からいわゆる第三世界にも広められた。

そこでも食糧自給に大きく貢献するわけであるが、
その後結局飢餓が広がったという見解もあるのだ。


High Yielding Varieties すなわち高収量品種のことで、
HYV品種は、「一代雑種品種」とか「一代交配品種」とも呼ばれ、
雑種強勢を利用し、種内交配を行い生み出された、新品種のことである。

一方の遺伝子の欠陥を、他方の遺伝子が補うため、
雑種強勢となるわけである。

1983年から84年にかけてアフリカのエチオピアでは、
200万人もの犠牲者を出す大飢饉が起こった。

そこでエチオピアの人々を救済すべく、動き出したのが、
日本船舶振興会(現日本財団)の笹川陽平理事長をはじめ、
カーター元アメリカ大統領、「緑の革命」の創始者である
ノーマン・ボーログ博士が提唱した
「笹川グローバル2000プロジェクト(SG2000プロジェクト)」である。

プロジェクトの第一歩として、1985年、世界飢餓会議が開かれ、
世界中から農学者、経済学者、人口学者、銀行家、
そしてアフリカ諸国の政府関係者らが集められた。

そこで、アフリカの食糧問題を解決し、人々を飢餓から救うには、
やはり「緑の革命」しかないと結論付けられたのである。

そして、80年代後半から90年代にかけて、
エチオピアだけでなく、アフリカ各国、特にサハラ砂漠以南の国々で、
トウモロコシやソルガム(モロコシ)においての
「緑の革命」農法が広まっていったのである。

結果は大成功であった。

各国で収量は驚くほど上がり、多くの人々が飢餓から救われたのである。

また、食糧自給を達成した国も多く生まれた。
「緑の革命」によるSG2000プロジェクトは
多くのアフリカ諸国の経済的自立にも大きく貢献したのである。

「緑の革命」に対して、前項のような批判がある中で、
このSG2000プロジェクトに関しては特筆すべきであろう。

ところが、皮肉なことに、今度は一転して、
豊作により穀物が余り、市場価格低下の問題が起きてしまった。


その分輸出することができるという点では、
やはり「緑の革命」の貢献は大きいといえる。

しかし、農薬や化学肥料などを用いる近代的農業は、
コストのかかるものであり、農家の経営を圧迫した。

その累積債務に加えて、その国で作られる穀物は輸出され、
自国の人々の口に入るものではなくなったことによって、
飢餓が広がったというのである。


やはりここでも「緑の革命」の落とした影は大きいのであろうか。

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