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空からの炎
- 2008/02/28(木) 16:05:27
脅威の最終兵器HAARP
「空からの炎」より転載
カーター政権時代の1980年4月24−26日、
イランで人質救出作戦が行われた。
この悪名高い作戦について、あなたは覚えているだろうか?
もしそうなら、この作戦が失敗だったと覚えているはずである。
この時もヘリコプターが方向を見失い、
その装置が作動しなくなった。
それは砂嵐のせいであり、パイロットは「混乱」し、
二台のヘリコプターが衝突した。
アメリカ軍の面目丸つぶれの作戦だった。
ヘリコプターを操縦していたのは、世界最高の訓練を受けた
パイロットである(アメリカ空軍・特別デルタフォース)。
ヘリコプター設備も世界最高であった。
それが「砂嵐」で方向を見失うだろうか?
砂嵐の上を飛ぶ普通のヘリコプター・パイロットですら、
方向を見失うことなど決してないのに?
これは、背後に何か別なものが隠されていることを意味してはいないか?
この事件について、もっと詳しく考えてみよう。
デルタ部隊の責任者はチャーリー・ベックウィズ大尉である。
彼はこの事件について「デルタ部隊」という本の中で次のように述べている。
以下で検討していこう。
三台の部隊ヘリコプター(MC−130)と
三台の燃料ヘリコプター(EC−130)が、
オマーン沖マシラー島を出発し、イラン砂漠の目標地点1に向かった。
彼らはそこで30分待機し、八台のヘリコプターが到着するのを待つ予定だった。
その後、118人の部隊はRH−53Dに搭乗し、作戦を続行する手筈であった。
何らかの理由で、ヘリコプターは予定より一時間半長く、
上空待機しなければならなかった。
ヘリコプターが目標地点 1 に到着し始めた時の模様を、
ベックウィズは次のように描写している。
「パイロットはこう言っていた。
『ひどい砂嵐だった。
ヘリコプターを砂漠から引き揚げ、部隊をC−130に乗せて帰った方がいい。』」
これは世界最高技術を持った部隊の言葉とは思えない。
そうではないか?
ベックウィズは言う。
「彼らはそれほどひどい飛行を経験したのだ。
彼は言葉を選ばず、そう言ったに違いない。」
結局、二台のヘリコプターは到着せず、
六台のヘリコプターもばらばらな方向から到着した。
別なパイロットがベックウィズに言った。
「私から言うべきことではないかもしれませんが、あえて言いたいと思います。
この作戦は中止すべきです。
私がどのような経験をしたか、上官には分からないでしょう。
私がこれまで見た中で、最もひどい砂嵐でした。本当にひどい砂嵐でした!
私は言わねばなりません。
この作戦を成功させる自信がないと。
本当に成功させる自信がないのです。」
ベックウィズは言う。
「二人のパイロットが作戦中止を強硬に主張した。
彼らは相当参っているようだった。」
「事態はあまりに混乱し、作戦中止が決まった。
部隊はC−130に乗り、出発した。
私は向き直り、静かに歩き始めた。
午前2時40分だった。
C−130パイロットの中には、エンジンをふかしている者もいた。
砂嵐が辺り一面に舞った。
砂嵐を通して、私は一台のヘリコプターが離陸し、左に傾くのを見た。
それは少しずつ後方にずれていき、それからドカンと言う音がした。
それは爆弾ではなく、撃墜でもなく、衝突だった!
その後、ガソリン爆発が起きた。
青い火の玉が夜空に舞い上がった。
私が離陸を見たのは、シェーファー機長のヘリコプターだった。
そのヘリコプターが、最北に位置していたEC130に衝突した。
青い炎は衝突を受けたヘリコプターにも燃え移った。
このちょうど二時間前、一台のヘリコプター(六番機)で、
主翼回転がうまく作動しないとの報告があった。
六番機はすぐに着陸し、別なヘリコプター(八番機)も同時に着陸した。
六番機が飛行できないと判明した時、搭乗員は八番機に移り、
その後、目標地点1へと向かった。
一方、ピットマン中尉が操縦していた五番機は、
目標地点1への途上、五分の四を過ぎた辺りで引き返していた。
それは砂嵐がひどく、飛行に支障が出ていたからである。
ピーター・ビーター博士は諜報活動にも関与している。
彼は極秘情報にもアクセスできる立場にある。彼は言う。
「イランに派遣されたアメリカ軍部隊は、
命令・職務を実行すべく最大限の努力を行った。
しかし彼らは知らなかったが、イラン作戦を計画した人々は、
最初からそれが失敗するように仕向けていた。
アメリカ軍部隊はテヘランに到着するが、
与えられた任務遂行にはあまりに小さな部隊だった。
部隊は困窮し、それはアメリカ海軍ジェット機による
テヘラン空爆の口実として使われる予定であった。
「アメリカ軍兵士の感情は高まり、イラン危機はエスカレートし、
さらなる軍事行動が行われる」という寸法である。
しかしこの一年以上前、ロシア人は
アメリカ政府の秘密計画の裏の裏まで知り尽くしていた。
それ故、ロシア人はさらに準備万端、整えたのである。
ロシア人の取った行動は二つの点で確かめることができる。
アメリカ軍ヘリコプターがイランに入った4月25日、
ロシアの大宇宙部隊がイラン上空に集結した。
まずロシア人は気象変化装置を使ってイランの砂嵐を増強させた。
次に彼らはマイクロ波「思考混乱装置」を使って、アメリカ軍の
ヘリコプター搭乗員に嘔吐・方向混乱・疲労を引き起こした。
ロシア人は、アメリカ人犠牲者を出すことなく、
アメリカに作戦中止を決定させようとした。
しかしアメリカ軍部隊は最初のチェック・ポイントに到着し、
部隊を整え、再び作戦を続行させようとした。
そこでロシア宇宙部隊は思考混乱装置をフル稼働させた。
一台のヘリコプターが離陸したが、見当違いな方向へと動き出し、
部隊輸送のC−130に衝突した。
もう二台のヘリコプターも離陸準備を始めていたが、
ロシア宇宙部隊は上空から粒子光線を送り、
そのヘリコプターも動けなくなった。
これで作戦は実行できなくなった。
作戦は中止され、
次に、この失敗を世間の目から隠すためにあらゆる努力が払われた。
黒焦げになった遺体がデラウェア州ドーバー空軍基地に運ばれた。
この二年間、ドーバー空軍基地にアメリカ軍秘密部隊の
遺体が送られたのは、これで二度目である!
(一度目はアメリカ軍部隊がガイアナ作戦を行った時であり、
この時、作戦は成功した。)
4月28日、国防長官キルス・バンスは辞任した。
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