- | HOME |
重税国家 日本の奈落 6
- 2008/06/27(金) 19:04:02
「実物経済」の時代がやってくる
だから、やがて預金封鎖(預金の引き出し制限)を断行するのである。
この強硬な金融統制も、戦争が迫りくる中で実施すれば
国民の間から激しい反発や反抗が起きないだろうと、政府は目算を立てている。
緊急時の国民統制の法律群で、一気に国民の反対を抑え込むつもりである。
このようにして日本国は奈落の底に落ちつつある。
やがて日本の国債は暴落し、長期金利が跳ね上がる。
それに連動してすべての金利が上がりはじめる。
行き着く先にあるのは、今から60年前の敗戦の翌年に
日本国民を襲ったハイパーインフレである。
そのとき、ペーパー・マネー(預貯金、株、債券)が大きく減価して、
タンジブル・アセット(土地、貴金属、食糧、有用財物など)の
価値(価格)が高騰するだろう。
実物経済の時代がやってくるのである。
竹中「大臣」就任直後、株価は激しく乱高下した
1995年に始まった金融戦争で、日本はアメリカに大きく敗戦して金融属国化した。
アメリカが直接日本を管理し、支配することになったのだ。
日本は今やアメリカに直轄支配されている。
そのアメリカが日本に送り込んだ手駒の代表が竹中平蔵大臣である。
和歌山県の履き物屋の息子である竹中平蔵が、
現在の小泉内閣に「学者」という触れこみで入閣したのは、
2001年の「経済財政担当大臣」としての就任が最初である。
翌年の10月には、この経財相を兼務する形で「金融担当大臣」にも就任した。
2004年には「郵政民営化担当大臣」と「経財相」を兼務する形で現在に至っている。
まさに小泉内閣の経済政策の要である。
国会議員としての経験もまったく積んでいない「横入り組」のおかしな人間が、
いったい誰の差し金で日本国家の金融・財政を動かす枢要の地位に就けたのか。
このことを私たちは本気で考えなければならない。
竹中大臣が、2002年10月に経済財政担当大臣と金融担当大臣に就任したら、
主要金融機関の株価が突如下がりはじめた。
このときは、みずほや三井住友などの巨大銀行でさえも
経営破綻するのではないかという危機感が日本列島を駆けめぐった。
これがいわゆる「竹中ショック」と呼ばれる株式暴落だった。
竹中平蔵が裏から指揮する策略に遭って、
2003年5月には、りそな銀行が「国有化」された。
何のために銀行を国有化するのが流行するのか。
それは銀行をいったん国有化しておいて、
それからハゲタカ外資に「払い下げ」するためである。
ところが、このあと、「仕組まれたように」日経平均株価が急上昇して、
主要銀行の自己資本比率が改善した。
(外資が安い株を大量に仕込んだあとで)
半年前の大銀行の軒並みの破綻危機の噂が嘘のように静まりかえった。
そしてこのあと、ひと息つく間もなく、
今度は郵便局の民営化、郵便貯金の民営化の話が
小泉政権の至上命題、事実上の「対米公約」の実現として急浮上したのである。
ここに日米密約がある。
- 国内
- | trackback(0)
- | comment(0)
この記事に対するトラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事にコメントする
- | HOME |

この記事に対するコメント