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「国家破産」以後の世界 2
- 2008/05/31(土) 19:39:18
国家破産とはなにか?
●まず「国家破産」について確認しておくと、
それはわれわれの暮らしが貧しくなることである。(中略)
それは借金が払いきれなくなって破産した人を見れば、容易に想像がつくだろう。
つまり、もう海外旅行などには行けるはずもなく、贅沢品を買うなど論外で、
毎日がその日暮らしになるということだ。
それでも、職がある人はまだいい。
おそらく、国家破産以後は失業率が20%を超えるから、街にはホームレスがあふれ、
失業者はお腹をすかして道をさすらうだろう。
当然、犯罪は増え、街は荒廃する。
まさに、第2次大戦後にあった復興期の街の光景がよみがえるのだ。
●国家破産は、日本人が国家に対する愛国心を失った結果であるが、
それ以上に、日本がこれまで哲学なき資本主義をやり続け、
すべてを先送りし、問題を解決せず、場当たりで対応してきた結果でもある。
●じつは2001年の時点で、すでに欧米のメディアは
「なぜ日本は自滅の道を歩もうとしているのか」と、警告を発していた。
小泉首相が登場して始まった「構造改革」が、
まったく根拠なきものと知った彼らは、
日本の行く末を本当に心配していた。
『フィナンシャル・タイムズ』(2001.12.31)は、
「東京に流れる危ないタンゴ」という記事を掲載し、
その記事の最初の一節に、次のように書いた。
その気味の悪い冗談は、経済界のなかをかけめぐっている。
アルゼンチンと日本の違いは何か? 5年間。
(注 IMFとアルゼンチン)
おそらくこの国の運営者である官僚の一部は、経済の本当の姿を知っていただろう。
そして、彼らは日本が破産することもわかっていただろう。
しかし、あまりにも政治家がバカなので、
真剣に伝えようとはしなかったのではないか?
バブル崩壊以後、「改革!改革!」と叫んで登場した改革者は、
すべてが愛国心もサイエンスもないニセ改革者であった。(中略)
ひるがえって、われわれ自身もたいした危機感をもたずに毎日の生活に追われた。
これでは、国家破産が回避できるわけがない。
●アメリカではすでに、
「やがて日本が迎えるであろう国家破産」
に関してのレポートがいくつもつくられている。
デイビッド・アッシャーの「日本経済再建計画」、
そして通称「ネバダ・レポート」と言われる
IMF(国際通貨基金)の破産処理計画などだ。
●ここで言っておきたいのは、アメリカ側が、
「日本は、世界でも倫理と秩序がとくに強い国だから、
少々のことでは暴動は起きない」と考えていることだ。
つまり、国家破産以後の日本では、思い切った荒療治が行なわれる。
これは小泉首相が口先だけで「痛み」と形容したものだが、
それが本当はどんなものであるのか、ついにわれわれは知ることになる。
当然、公務員は特権的地位を失い、大幅にリストラされる。
国民は財産の一部を没収され、年金もカットされる。
また、日本を破産に追い込んだ
政治家や官僚などの旧指導層は追放されるだろう。
このときは、日本の全産業はほぼ「アメリカの下請け」となり、
国家自身も「下請け国家」となるわけだ。
自分たちで改革ができずに沈没したのだから、こういう事態を逃れることはできない。
韓国がかつてIMFの支援を受けたように、
わが国もまた、IMFの経済占領を受け入れるしかない。
そして、彼らの処方箋にそって国家再建をするしかないのだ。
●ここで誤解している人もいると思うので、はっきりさせておくが、
「国家破産」は「破滅」ではない。
また「予想」でもない。
筆者が読者のみなさんに提示するのは、
予見できるうちのもっともありうる「未来」である。
そして、それはもう目前に迫っているという事実だ。
「国家破産はいつ?」という心理ゲーム
●筆者が「国家破産」を話題にすると、たいていの人間はいやな顔をする。
つまり、たとえ事実であれ、そんな話は聞きたくないという反応が必ず返ってくる。
これは、たとえばあの第2次大戦のときに、
「日本は負けている」という事実を言うだけで、
非国民扱いをされたことと同じ反応である。
つまり、いやなことは聞きたくない。
できれば聞かないですませたい。
聞かなければ、なかったことにできる――
というような、きわめて幼稚な心理ではなかろうか。
しかし、聞かなかったからといって、事実は消えない。
●もう1つ、「国家破産」を話題にしたときに返ってくる反応に、
「それはいったい、なに?」というものがある。
失礼ながら、こういう反応をするのは女性が多いが、
この人たちに共通しているのは、目の前のことしか見えていないことである。
毎日の暮らしで、いま自分が見聞きすることがすべてで、
それ以外の話は「自分とは関係ない」と考えられるという、
貴重なメンタリティの持ち主である。
「えっ、国の借金? それがそんなにあるの?
でも、だからって私が借金したわけではないし‥‥」
と言い切れるのだから、筆者がいくら説明しようとムダである。(中略)
借金は国であろうと、会社であろうと、個人であろうと、
返さなければならないのがルールだ。
そして、ここで言う個人とは、日本国民を指す。
つまりこの国に生きているわれわれ自身のことである。
とすれば、国の借金はあなたの借金であり、国家破産はあなたの問題でもあるのだ。
●「心理ゲーム」というのは、
「まだ大丈夫」「いやもうダメだ」という心理のせめぎ合いということである。
国家破産が避けられないとしても、それがいつになるかは、
今のところ誰にもわからない。
なにしろ、現在の日本国の財政事情は人類史上例がないものなので、
たとえば累積債務が1000兆円なら大丈夫なのか、
1100兆円になったらどうなのかという質問に、誰も答えられないのだ。
しかも、実際の借金の額さえ、完全には公表されていないからである。(中略)
ただ、ここにきて、この心理ゲームが崩れかかっているのではないかと
思える出来事が続いて起こるようになった。
日本人自身の手では敗戦処理はできない?
●それでは、本当に「心理ゲーム」の均衡が崩れ、
国民のパーセプションが変わるときがやって来るのだろうか。
とりあえず言えることは、その引き金は、
われわれ自身が引かないということである。
日本内部から「心理ゲーム」は崩壊しないということだ。
つまり、このまま「不安感」は増大していく。
しかし、誰もそれを口に出さないし、まして、政府は本当のことを言わない。
となると、結局、外国からの指摘や強制的な処置が行なわれて、
初めてパーセプションが変わると考えられるのである。
ともかく、政府は、あの第2次大戦のときのように、
最後まで「大丈夫」と言い続けるだろう。
国民はそれを信じないだろうが、
政治家も官僚もマスコミも大きくは動かないので、
結局はお手上げの状態が続いていく。(中略)
倒産処理も敗戦処理も同じである。
早くすれば早くするに越したことはなく、被害は少なくてすむ。
しかし、それをしようとすると、この国では信じられない抵抗にあうのだ。
●結局、今回もまた原爆が落ちるところまでいってしまうのではないか、
と筆者は考えている。
そこで、今回の敗戦(=国家破産)における原爆とはなにかと考えると、
それは国債の利回り(長期金利)の急騰による国家財政の資金ショートである。
たとえば、長期金利の上昇局面で、
海外のメディアが「日本はもうダメだ」と書く。
そして、ヘッジファンドなどの投機筋が日本からいっせいに資金を引き揚げれば、
原爆が落ちるのと同じことになるだろう。
このとき、もちろん投機筋は日本の国債や株式のカラ売りを仕掛けて
巨額の利益を上げるのである。
こうなると、国内の金融機関も国民も国債を売りはじめ、株価も急落し、
政府はにっちもさっちもいかなくなる。
●残念な話だが、これは日本人自身で敗戦処理ができないということである。
だから、予想される過程では、
日本の敗戦処理をするのはIMF(国際通貨基金)ということになるだろう。
IMFはすでに、日本の財政危機に対する勧告を何度も出しているし、
監査の要求までしている。
日本はいまやIMFの監視対象国なのである。
日本政府の財政運営は、すでに国際的にはまったく信用を失っており、
いざ「国家破産」となれば、彼らが乗り込んでくるのは間違いない。
“金融占領軍”の登場である。
もはや日本社会全体が死の病にかかっている
●日本国が確実に国家破産、つまり「死」に向かっていることは、
なにも経済ばかりに限った話ではない。
「死に至る病」は、いまや日本社会全体に及んでいる。
これは、年間自殺者の増加とか、凶悪犯罪の増加、フリーターの増加
という数字に端的に表れているが、
その向こう側には、日本人そのものの劣化があると、
筆者は最近つくづく思うのである。
つまり、社会全体のモラルの低下である。
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