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パール元国防副長官の中のヒトラー
- 2008/05/20(火) 10:38:42
萬晩報 より転載 2003年03月07日
鋼鉄の意志とでもいえるほど力強い口調でイラク軍事攻撃の必要性を訴えはじめた。
国連査察団がいくらイラクで活動をしても何も見出せないと繰りかえす。
そして、伝家の宝刀とでも呼べる話を持ち出した。
ユダヤ人であるパールはナチスドイツのことに触れたのだ。
「いまのイラクはホロコースト時代の強制収容所に似ている。
ナチスドイツのテレージェンシュタット収容所(プラハ)に、
国際赤十字が査察にきたことがある。
ナチスは査察団に対し、強制収容所など存在しないと言い張った。
収容されていたユダヤ人には普段、着させない服を着せ、
オーケストラで音楽さえ聞かせてとりつくろった。
収容所でのその演奏会が最初で最後の音楽会であったことは言うまでもない。
査察団が帰ると、またもとの収容所に戻った。
そこで何万ものユダヤ人が死んだ」(4万人と言われる)
パールは、国連安保理はすでにイラクに対して17もの決議案を採択しており、
ほとんど遵守されていない中での18個目は必要ないと語気を強める。
「17個あれば十分だろう」。
私はパールがヒトラーとフセインをダブらせているように思えてならなかった。
いまフセインを抹殺しなければ、第二のホロコーストか「9.11」が起きるかもしれない
との思いが言葉の節々から読める。
その気迫はすさまじかった。
それはユダヤ人だけが抱く恐怖心であり憎悪なのかもしれない。
アメリカはイラクへの先制攻撃を
「プリベンティブ・ウォー(予防戦争)」と呼ぶ。
日本やヨーロッパでは、さかんに石油利権や軍需産業という言葉を使って
この戦争の理由付けをする。
だが仮に、それが攻撃理由の一部だったとしても、
パールの心中では純粋にフセインという
第2のヒトラーを退治することを戦争の第一義にしているように思えた。
ブッシュはいま、彼のような過激なアドバイザーを周りに配している。
ブリーフィングの後、個人的に話をする機会があった。
私が一国主義と先制攻撃の邪悪性を口にしても、パールは聞く耳を持たなかった。
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