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2008.05.16 (Fri)

プーチンのロシア

ロシア政治経済ジャーナルより転載

▼ソ連崩壊から新興財閥の時代

世界史が第2次大戦で一度リセットされたように、
ロシアの歴史は91年12月でリセットされています。

そう、ソ連が崩壊したのです。

ロシア国民は、パンを買うのに2時間行列に並ばなければならない、
万年物不足ソ連に飽き飽きしていた。

それで、ロシア人はソ連を崩壊させた男・民主主義者エリツィンを
圧倒的に支持します。

ところがエリツィン人気は、1年ももちませんでした。
なぜかというと経済改革に大失敗したから。

改革初年度92年のGDP成長率は、マイナス14.5%(!)。
インフレ率は2600%(!)。

以後、ロシアのGDPは98年までに43%(!)も減少することになります。

どうですか、皆さん。
GDP500兆円の日本経済。
これが4割減って300兆円になっちゃたら。

さて、エリツィン改革の柱の一つは、「大規模な民営化」を実施すること。
とはいえ、ソ連崩壊までロシア人は全員「公務員」でしょ?
(社会主義ソ連には私有財産がなく、企業はすべて国営だった)
民営化といっても、国営企業を買い取る財力のある人なんていないわけです。

それで、ロシア国民から「赤毛の悪魔」と恨まれている
チュバイス副首相(当時)はどうしたか。

あなたのもっているものは、そのままあなたの所有になりますよ
とした。

つまり、「あなたのすんでいるアパートは今まで国のものでしたが、
これからはあなたの所有になります」

おお!
アパートタダでもらえるのですか?

ところが、ここでとんでもない不平等が起こったのです
「あなたが国営会社の社長なら、その会社はあなたのものです」
そう、民営化でアパート1軒だけしかもらえなかった人もいれば、
民営化された巨大企業をタダ同然でゲットできた人たちもいた。

非常に単純化して話していますが、本質はそういうことです。
こうして新興財閥とよばれるハイパー成金層が勃興してきた。
そして97年には、7人の新興財閥がロシアの国富の半分を牛耳る
(といわれる)ようになりました。

このうち1〜6はユダヤ人。
ロシア人はポターニンだけ。
彼らは、ロシアの資源・金融・メディアを抑え、エリツィン一家と癒着。

莫大な利益を得ながらほとんど税金はおさめなくていいという、
最強の立場を手にしたのです。


▼プーチン登場

さて、99年12月には下院選挙がありました。
ここで、新興財閥の長老が激しく争います。
親エリツィンの代表はクレムリンのゴッドファーザー・ベレゾフスキー。

彼は、誠実で忠誠心が強いと評判の男プーチン(当時FSB長官)を
首相→大統領にしようと画策。

プーチンは99年8月、首相に任命されました。
ベレゾフスキーは、「統一」という新党を立ち上げます。
反エリツィンの代表は、メディア王グシンスキー。

グシンスキーは、これもKGB出身の大物プリマコフ(元外相・元首相)
を大統領にしようと画策。

グシンスキーは、プリマコフとルシコフ・モスクワ市長の
新党「祖国・全ロシア」を支援しました。

さて、選挙の結果は、
1位共産党
2位統一(プーチンが中心、親エリツィン)
3位祖国・全ロシア(プリマコフ・ルシコフが中心、反エリツィン)

1999年12月31日、病弱なエリツィンが辞任。
2000年3月、プーチンが選挙で勝利し大統領に就任します。

彼を育てたベレゾフスキーは、
「KGB軍団の男が大統領になれば、俺のビジネスは安泰だ!」
と考えたに違いありません。

しかし、プーチンはアッという間に彼を裏切ります


▼新興財閥の粛清
さて、ここまで読まれた皆さんは、ロシア経済の問題点を理解しています。

1、エリツィンがイイカゲンな民営化をした
2、それがきっかけで、新興財閥が台頭した
3、新興財閥はロシアの主要部門を支配し、税金を納めない
4、結果ロシア経済はボロボロ


という流れ。

大統領になったプーチンの課題は明らかでした。
1、新興財閥が政治に口出ししないようにする
2、新興財閥にきちんと税金を払わせる
3、新興財閥から石油部門を取り戻す

で、プーチンはどうしたか?

なんと、メディア王グシンスキーとクレムリンのゴッドファーザー・
ベレゾフスキーを横領・脱税などの容疑で追い詰めていった。

グシンスキーは00年6月に逮捕された後、国外に脱出。
今はイスラエルに住んでいます。
ベレゾフスキーはイギリスに脱出し、
反プーチンの政治活動を今もつづけている。

クレムリンはこれで、ベレゾフスキーのORTとグシンスキーのN
TVを支配し、メディアを抑えることにも成功しました。

権勢を誇った新興財閥の巨頭を、あっという間に成敗したKGB軍団。

他の小者・新興財閥は恐れおののき、税金をきっちり納め、
政治に口出ししないことを誓いました。

しかし03年、石油最大手ユコスのホドロコフスキー社長が
プーチンに戦いを挑みます。

ホドロコフスキーは、エクソンモービル・シェブロンテキサコと
ユコス売却交渉をしていた。

また、東シベリアー中国パイプライン計画をもっとも熱心に推進していた。
つまり米中を味方につけていた。
さらに、カシヤノフ首相・ヴォローシン大統領府長官等有力者を買収していた。
また、反プーチンの共産党・ヤブロコ・右派連合といった政党を支援していた。

強敵ですね。

しかし、KGB軍団はこの戦いにも勝利。
ホドロコフスキーは03年10月、横領・脱税などの容疑で逮捕されます。
これで新興財閥軍団は決定的にプーチンに服従することになりました。

▼ロシアの復活

1、新興財閥が政治に口出ししないようにする
2、新興財閥にきちんと税金を払わせる

を成し遂げたプーチンは次の段階に進みます。

3、新興財閥から石油部門を取り戻す

まず、ベレゾフスキーが所有していた石油会社シブネフチを
国営ガスプロムに吸収させます。
これでガスプロムは、時価総額で世界3位に浮上。
また、ユコス最大の子会社ユガンスクネフチガスを、
国営石油会社ロスネフチに吸収させます。
ロスネフチは現在、ガスプロムに次ぐロシア2位の企業。

プーチンは、ロシア最大のドル箱石油部門を国家に取り戻すことに成功したのです。

ロシアに追い風が吹いてきました。

金融危機があった98年、ロシア産石油はバレル10ドル以下まで下がっていた。
ところが、プーチンが大統領に就任した2000年、30ドルまで上昇。
その後、アフガン戦争・イラク戦争で中東が不安定化する中、
原油価格はぐんぐん上昇していきます。

04年には40ドル、05年には60ドル、07年には80ドル、
08年には100ドルを超えた。

オイルマネーが洪水のように流れ込み、
ロシアは年平均7%程度の成長を8年間もつづけることになったのです

「プーチンは石油価格に支えられている。ラッキーだ」
という人もいます。
まったくそのとおり。

しかし、新興財閥がエリツィン時代のように、主要部門を牛耳り、
政治を牛耳り、税金を納めない状態のままだったらどうでしょうか?

新興財閥はビルゲイツより金持ちになる一方で、
ロシアはいまだに借金大国といった状況だったでしょう。
ロシア経済復活の半分は、石油価格のおかげ。
もう半分は、プーチンが新興財閥を更生させたおかげといえるのです。

さて、プーチン政権下でロシアはどう変貌したのでしょうか?
数字で見てみましょう。

ロシアのGDP(ドル換算)は、
2000年の2511億ドルから
07年の1兆2237億ドルまで、約5倍(!)化。

平均月収は、00年に約100ドルだったのが、
07年は540ドルで5.4倍(!)増加。

外貨準備高は、04年にはじめて1000億ドルを超え、
3年後の07年には4000億ドル(!)を超え、世界3位に浮上。

株価指標RTSは、00年の200から
07年には2000ポイントを突破し、10倍化(!)。

どうです?
皆さんの会社の社長はワンマンである。
それでも、8年間で給料を5倍あげてくれたら、支持しませんか?
プーチンは、独裁者でも常に70%以上の支持率を保ってきました。

理由はもうおわかりでしょう。
プーチンは2期8年をつとめ引退。
これからはメドベージェフ大統領、プーチン首相という体制に移行します。

ロシアはどこにいくのか?

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