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2008.03.05 (Wed)
自由の身になったが、誰もこの商売を止めなかった
慰安婦はただの売春婦。
強制はなかった。
慰安婦は大金持ちになっていた。
前借金を返済しても慰安婦のままであった。
という内容の記事です。
http://www.tamanegiya.com/baisyunn.htmlより転載
13歳のとき、インドネシアに連れて行かされ、
7年間にわたって日本軍の従軍慰安婦として生きなければならなかった
「挺身隊おばあさん」チョン・ソウン氏が、
26日未明、慶尚南道鎮海の自宅で老患で亡くなった。80歳。
チョン氏は、1995年9月、中国で開かれた北京女性大会に、
韓国代表として堂々と出席、
全世界に向かって、日本軍の蛮行を知らせた人物だ。
チョン氏は、当時「日本の軍医官から不妊手術を受けており、
金の代わりに軍票を受けた。
1日平均50人ずつ、週末には100人の軍人と
性関係を持たなければならなかった」と証言、国際社会に衝撃を与えた。
朝鮮人がよく使う「挺身隊」という言葉の意味を考えないで使って、
おかしいと思わない朝鮮人社会も変ですが、
それよりも突っ込みどころはどちらかというと
今年80歳で死亡ということは1924年生まれとなりますが、
13歳から7年間も慰安婦として働いていたと証言していますので、
1937年から1942年までインドネシアで働いていたことになります。
我が国がインドネシアに進駐したのは1942年3月です。
そして、終戦は1945年・・・・・
つまり、この自称「従軍慰安婦」はオランダ軍を相手に売春で商売していたのです。
あほらしい話ですが、朝鮮人の売春婦にはこの手の話が山盛りです。
たとえば、杉本幹夫氏の著書「植民地朝鮮の研究」では
金学順という有名な自称慰安婦という売春婦については
訴状では「貧しさのため40円で朝鮮人養父にキーセンとして売られ、
踊りなどを仕込まれた後、養父に連れられ、
北支のカッカ県鉄壁鎮に行った」としているのに対し、
証言集では「養父に連れられて北京に行き、市内の食堂で昼食を取っていた時、
日本軍将校に襲われ、連行された」となっています。
文玉珠は訴状では
「女中をしている時、宋という朝鮮人から『食堂で働かないか』と誘われ、
ビルマに渡って慰安婦にさせられた」と書いているが、
証言集では「友達の所へ遊びに行った帰り、
日本の軍服を着て、長い刀を差した男に拉致され、
約一年、中国東北の逃安城で慰安婦をさせられた。
その後帰国し、一年ほど女中をしていた時、
友人から『お金を沢山くれる食堂があるので一緒に行かない?』
と誘われビルマに行った」と書いている。
ところが96年梨の木社から出版された
『ビルマ戦線楯師団?慰安婦だった私』では
「キーセン出身だった」と書いているのである。
要するに誰一人強制連行されたことを立証できた人はいなかったのである。
更に文玉珠は戦前の日本円で
2万6千円の多額の貯金を持っていたことが明らかになった。
一九九二年五月二百の毎日新聞に、
文玉珠の預金通帳についての記事が載っている。
その通帳によれば、一九四一二年から一九四五年の間に
12回振り込みがあり、
その預金残高は2万6145円に上っている。
これは今の金額にすると数千万円に相当する。
当時日本軍の陸軍大将の年俸は6600円だった。
従って文玉珠は陸軍大将の約二倍稼いでいたことになる。
また元海軍中佐重村実は
彼女らの前借金が4000円から5000円であったと言っている。
そして彼女らはこの前借金を三カ月から半年で返し、
平均的な貯蓄額は5〜6000円から一万円持っていたと言っている。
その中には三万円も持っている人も居て、皆驚いていた。
アメリカの反撃が予想以上に早く、彼女らの中には爆撃で死んだ人も居た。
また前借金の返済が終わったにもかかわらず、
船がなくて帰ることが出来ず、前線で亡くなった人も居る。
しかし終戦と共に彼女らの大半は日本に帰った。
千田夏光の『従軍慰安婦正篇』には一九三七年(昭和12年)位の話として、
内地にて前借金1000円で集めたとしている。
そして彼女らは遅くても数カ月で借金を帰し、
自由の身になったが、誰もこの商売を止めなかったと書いている。
ちなみに、2万6千円とは、当時では家が数件も買えた金額だそうで、
これが、虐待されたと騒いでいる朝鮮人自称慰安婦の実態です。
何度も書きますが、この朝鮮人たちは売春婦だっただけなのです。
そして、売春は今でも南朝鮮では年間26兆ウォン(約2兆6000億円)台の規模であり、
専業女性がおよそ26万人もいるのです。
強制はなかった。
慰安婦は大金持ちになっていた。
前借金を返済しても慰安婦のままであった。
という内容の記事です。
http://www.tamanegiya.com/baisyunn.htmlより転載
13歳のとき、インドネシアに連れて行かされ、
7年間にわたって日本軍の従軍慰安婦として生きなければならなかった
「挺身隊おばあさん」チョン・ソウン氏が、
26日未明、慶尚南道鎮海の自宅で老患で亡くなった。80歳。
チョン氏は、1995年9月、中国で開かれた北京女性大会に、
韓国代表として堂々と出席、
全世界に向かって、日本軍の蛮行を知らせた人物だ。
チョン氏は、当時「日本の軍医官から不妊手術を受けており、
金の代わりに軍票を受けた。
1日平均50人ずつ、週末には100人の軍人と
性関係を持たなければならなかった」と証言、国際社会に衝撃を与えた。
朝鮮人がよく使う「挺身隊」という言葉の意味を考えないで使って、
おかしいと思わない朝鮮人社会も変ですが、
それよりも突っ込みどころはどちらかというと
今年80歳で死亡ということは1924年生まれとなりますが、
13歳から7年間も慰安婦として働いていたと証言していますので、
1937年から1942年までインドネシアで働いていたことになります。
我が国がインドネシアに進駐したのは1942年3月です。
そして、終戦は1945年・・・・・
つまり、この自称「従軍慰安婦」はオランダ軍を相手に売春で商売していたのです。
あほらしい話ですが、朝鮮人の売春婦にはこの手の話が山盛りです。
たとえば、杉本幹夫氏の著書「植民地朝鮮の研究」では
金学順という有名な自称慰安婦という売春婦については
訴状では「貧しさのため40円で朝鮮人養父にキーセンとして売られ、
踊りなどを仕込まれた後、養父に連れられ、
北支のカッカ県鉄壁鎮に行った」としているのに対し、
証言集では「養父に連れられて北京に行き、市内の食堂で昼食を取っていた時、
日本軍将校に襲われ、連行された」となっています。
文玉珠は訴状では
「女中をしている時、宋という朝鮮人から『食堂で働かないか』と誘われ、
ビルマに渡って慰安婦にさせられた」と書いているが、
証言集では「友達の所へ遊びに行った帰り、
日本の軍服を着て、長い刀を差した男に拉致され、
約一年、中国東北の逃安城で慰安婦をさせられた。
その後帰国し、一年ほど女中をしていた時、
友人から『お金を沢山くれる食堂があるので一緒に行かない?』
と誘われビルマに行った」と書いている。
ところが96年梨の木社から出版された
『ビルマ戦線楯師団?慰安婦だった私』では
「キーセン出身だった」と書いているのである。
要するに誰一人強制連行されたことを立証できた人はいなかったのである。
更に文玉珠は戦前の日本円で
2万6千円の多額の貯金を持っていたことが明らかになった。
一九九二年五月二百の毎日新聞に、
文玉珠の預金通帳についての記事が載っている。
その通帳によれば、一九四一二年から一九四五年の間に
12回振り込みがあり、
その預金残高は2万6145円に上っている。
これは今の金額にすると数千万円に相当する。
当時日本軍の陸軍大将の年俸は6600円だった。
従って文玉珠は陸軍大将の約二倍稼いでいたことになる。
また元海軍中佐重村実は
彼女らの前借金が4000円から5000円であったと言っている。
そして彼女らはこの前借金を三カ月から半年で返し、
平均的な貯蓄額は5〜6000円から一万円持っていたと言っている。
その中には三万円も持っている人も居て、皆驚いていた。
アメリカの反撃が予想以上に早く、彼女らの中には爆撃で死んだ人も居た。
また前借金の返済が終わったにもかかわらず、
船がなくて帰ることが出来ず、前線で亡くなった人も居る。
しかし終戦と共に彼女らの大半は日本に帰った。
千田夏光の『従軍慰安婦正篇』には一九三七年(昭和12年)位の話として、
内地にて前借金1000円で集めたとしている。
そして彼女らは遅くても数カ月で借金を帰し、
自由の身になったが、誰もこの商売を止めなかったと書いている。
ちなみに、2万6千円とは、当時では家が数件も買えた金額だそうで、
これが、虐待されたと騒いでいる朝鮮人自称慰安婦の実態です。
何度も書きますが、この朝鮮人たちは売春婦だっただけなのです。
そして、売春は今でも南朝鮮では年間26兆ウォン(約2兆6000億円)台の規模であり、
専業女性がおよそ26万人もいるのです。
2008.03.05 (Wed)
軍の弱みにつけ込んだ利益率のいい仕事
小野田寛郎
「私が見た従軍慰安婦の正体」より転載
戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが
少なくなりつつある現今、私は証言として、
「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。
外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、
兵士による強姦と略奪・放火である。
そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。
大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。
当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。
野戦に出征した将兵でなくとも、
一般に誰でも「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、
「従軍慰安婦」と言う言葉は聞いた者もまた、使った者もいまい。
中略
日が暮れていたので「お茶っぴき」(客の無い遊女)が大勢出てきて、
経営者と私たちの雑談に入ろうとしてきたが追い払われた。
そこには内地人も鮮人も中国人もいた。
現在、鮮人は差別用語とみなされ、使われない。
しかし朝鮮半島が日本統治だった当時は「日本人、朝鮮人」などと
言おうものなら彼らに猛烈に反駁された。
彼らも日本人なのだからと言う理由である。
特に朝鮮人の女たちは特色があった。
というのは彼女たちは数人で外出してくるのだが、民族衣装ではなく、
着慣れないツーピースの洋装のせいで着こなしが悪く、
また歩き方にも特徴があって一目で見分けられた。
彼女たちは実に明るく楽しそうだった。
その姿からは今どきおおげさに騒がれている「性的奴隷」に
該当する様な影はどこにも見いだせなかった。
ところで、その「慰安所」にどれだけの金が流れたのだろうか。
これが「慰安婦」が「商行為」であった確かな事実である。
私の次兄が主計将校で、
漢口にある軍司令部に直接関係ある野戦衣糧廠にいたので
「慰安所」について次のような統計があると教えてくれた。
当時、漢口周辺には約三十三万人という兵力が駐屯していたが、
ある理由で全軍の兵士の金銭出納帖を調べた。
三分の一が飲食費、三分の一が郵便貯金、
三分の一が「慰安所」への支出だった。
貯金は給料の僅かな兵士たちにとって嬉しいことではなかったが
上司から躾として教えられている手前せざるを得なかったのが実情だった。
私も初年兵として一ケ年、江西省南昌にいたが、
食べたいのを我慢して貯金した。
一人の兵士がそれぞれ三等分して使った訳ではないだろうが、
人間の三大欲は食欲、睡眠欲と性欲と言われるだけに、
貯金を睡眠に置き換えると全く物差しで測った様な数字である。
ちなみに当時の給料は兵は一カ月平均十三円程で、
その三分の一を約四円として計算すると
三十三万人で総額約百三十二万円になる。
「零戦」など戦闘機一機の価格は三万円と言われたが、
実に四十四機分にも相当する。
サラリーマンの初任給が四十円そこそこの頃だったのだから、
経理部の驚くのも無理のない話である。
「慰安所」の経営者は中国人だったし、
日本では当時公認の娼妓と呼ばれた女たちも中国人だった。
彼らも食料やその他の生活用品が必要だ。
大人数なのだから、それなりの輸送手段もいる。
辺鄙な場所だから部隊に頼る以外方法がない。
部隊が移動する時もそうなるだろう。
「従軍慰安婦」なるものは存在せず、
ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで
利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。
こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った
兵士と軍の方ではないのか。
「私が見た従軍慰安婦の正体」より転載
戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが
少なくなりつつある現今、私は証言として、
「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。
外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、
兵士による強姦と略奪・放火である。
そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。
大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。
当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。
野戦に出征した将兵でなくとも、
一般に誰でも「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、
「従軍慰安婦」と言う言葉は聞いた者もまた、使った者もいまい。
中略
日が暮れていたので「お茶っぴき」(客の無い遊女)が大勢出てきて、
経営者と私たちの雑談に入ろうとしてきたが追い払われた。
そこには内地人も鮮人も中国人もいた。
現在、鮮人は差別用語とみなされ、使われない。
しかし朝鮮半島が日本統治だった当時は「日本人、朝鮮人」などと
言おうものなら彼らに猛烈に反駁された。
彼らも日本人なのだからと言う理由である。
特に朝鮮人の女たちは特色があった。
というのは彼女たちは数人で外出してくるのだが、民族衣装ではなく、
着慣れないツーピースの洋装のせいで着こなしが悪く、
また歩き方にも特徴があって一目で見分けられた。
彼女たちは実に明るく楽しそうだった。
その姿からは今どきおおげさに騒がれている「性的奴隷」に
該当する様な影はどこにも見いだせなかった。
ところで、その「慰安所」にどれだけの金が流れたのだろうか。
これが「慰安婦」が「商行為」であった確かな事実である。
私の次兄が主計将校で、
漢口にある軍司令部に直接関係ある野戦衣糧廠にいたので
「慰安所」について次のような統計があると教えてくれた。
当時、漢口周辺には約三十三万人という兵力が駐屯していたが、
ある理由で全軍の兵士の金銭出納帖を調べた。
三分の一が飲食費、三分の一が郵便貯金、
三分の一が「慰安所」への支出だった。
貯金は給料の僅かな兵士たちにとって嬉しいことではなかったが
上司から躾として教えられている手前せざるを得なかったのが実情だった。
私も初年兵として一ケ年、江西省南昌にいたが、
食べたいのを我慢して貯金した。
一人の兵士がそれぞれ三等分して使った訳ではないだろうが、
人間の三大欲は食欲、睡眠欲と性欲と言われるだけに、
貯金を睡眠に置き換えると全く物差しで測った様な数字である。
ちなみに当時の給料は兵は一カ月平均十三円程で、
その三分の一を約四円として計算すると
三十三万人で総額約百三十二万円になる。
「零戦」など戦闘機一機の価格は三万円と言われたが、
実に四十四機分にも相当する。
サラリーマンの初任給が四十円そこそこの頃だったのだから、
経理部の驚くのも無理のない話である。
「慰安所」の経営者は中国人だったし、
日本では当時公認の娼妓と呼ばれた女たちも中国人だった。
彼らも食料やその他の生活用品が必要だ。
大人数なのだから、それなりの輸送手段もいる。
辺鄙な場所だから部隊に頼る以外方法がない。
部隊が移動する時もそうなるだろう。
「従軍慰安婦」なるものは存在せず、
ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで
利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。
こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った
兵士と軍の方ではないのか。
2008.03.05 (Wed)
中、朝、米お金目的で日本をフクロダダキ
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0703/070312-25.htmlより転載
クリントン氏はマイク・ホンダ氏がカリフォルニア州議会議員をしていたとき、
「 日本軍は南京やアジアで残虐行為を働き、
連合軍捕虜を強制労働させた。 謝罪と賠償を 」
という日本非難決議を州議会に出し、可決させた。
この議決を元に 「 捕虜を強制労働させた日本企業に、
半世紀遡って賠償させられる 」 という法案が可決され、
その法案を使って新日鉄など日本企業十四社に
総額百二十兆円の賠償訴訟が起こされた。
マイク・ホンダ氏はこの手柄で
連邦議会の下院議員のポストを手に入れた」とのことである。
百二十兆円と言えば、日本の国家予算の1.5倍の巨額であるが、
マイク・ホンダ氏はこれも
「 日米関係に対して、さらに強固にするものと考えて 」行ったのだろうか?
それともこう言えとクリントン氏に指示されたのだろうか?
今までの経緯を見ると、日本政府がクリントン氏およびマイク・ホンダ議員の
日本収奪作戦
に対して如何に無頓着で無策であったかが良く分かる。
世界の常識では沈黙は金ではなく、沈黙は同意である。
「 無視するのが最善 」との発言は真実を隠蔽し、日本政府が虚偽の 「 強制連行はあった 」
ことを再度認めたと主張するための陰謀である。
「 強制連行は無かった 」と言う真実を隠蔽することは、
アメリカ、中国、韓国・朝鮮の大きな利益であるが、
日本の利益には全くならないどころか、将来より大きな災難をもたらすだろう。
しかしクリントンはそれを非駆されることなく、堂々とやってのけた。
仕掛けは雇用機会均等委員会の副委員長ポストにポール・イガサキを任命することだった。
彼は日系三世で、見た目は日本人そのものだった。
それがクリントンの狙いでもあった。
彼は司法省を使って進出日本企業に次々と因縁をつけては、
多額の賠償金を取り立てていた。
その対日企業恐喝の仕上げかポールの日本人面を決め手とする
三菱自動車のセクハラ訴訟だった。
同社の工場では
「男の従業員が同僚の女性に好き放題にクハラを仕掛け
乳房をもみ、股間をまさぐっている。
女性が被害を訴え出ると平気で解雇した」。
なぜなら日本人は女を見下し、法的保護の埓外に置いている。
「この米国内で日本式に女を扱い、性の奴隷扱いした三菱に
総額二億一千万ドルの集団賠償訴訟を起こした」
とポールが記者会見で発表した。
日本人面した彼(ポール・イガサキ日系三世)が日本をこき下ろすのだから、
これは人種差別発言には当たらないというわけだ。
かくてクリントンは、三菱が米国で稼いだ金すべてを巻き上げるのに成功した。
彼は次にカリフォルニア州議会のマイク・ホンダ議員を登場させた。
マイクはある日、唐突に
「日本軍は南京やアジアで残虐行為を働き、
連合軍捕虜を強制労働させた。謝罪と賠償を」
という日本非難決議を州議会に出した。
日系人が自分の祖国をそこまで
貶(おとし)めたいならご勝手にと、決議は通った。
すると白人のへイデン議員が立って
「捕虜を強制労働させた日本企業に、半世紀遡って賠償させられる」
という法案を出してきた。
何のことはない、
マイクは日本人面を使い、
この偽りに満ちた法案を通すために一芝居打ったのだ。
かくてへイデン法が成立し、
元捕虜の米兵に中国人や朝鮮人までが合い乗りして、
新日鉄など日本企業十四社に総額百二十兆円の賠償訴訟を起こした。
マイクはこの手柄で連邦議会の下院議員のポストを手に入れた。
ただ百二十兆円訴訟の方は土壇場で政権がまともな共和党に移り、
最高裁がへイデン法自体を却下してくれて日本企業は危ういところで助かった。
中略
二度続けて失敗したNYタイムズはここでクリントン方式を採用した。
日本人面で日本名ももつ外国籍のノリミツ・オオニシを登用した。
彼は早速、北朝鮮の拉致は「右翼が扇動し政治利用している」
と朝日新聞みたいな歪曲報道を書いた。
クリントン氏はマイク・ホンダ氏がカリフォルニア州議会議員をしていたとき、
「 日本軍は南京やアジアで残虐行為を働き、
連合軍捕虜を強制労働させた。 謝罪と賠償を 」
という日本非難決議を州議会に出し、可決させた。
この議決を元に 「 捕虜を強制労働させた日本企業に、
半世紀遡って賠償させられる 」 という法案が可決され、
その法案を使って新日鉄など日本企業十四社に
総額百二十兆円の賠償訴訟が起こされた。
マイク・ホンダ氏はこの手柄で
連邦議会の下院議員のポストを手に入れた」とのことである。
百二十兆円と言えば、日本の国家予算の1.5倍の巨額であるが、
マイク・ホンダ氏はこれも
「 日米関係に対して、さらに強固にするものと考えて 」行ったのだろうか?
それともこう言えとクリントン氏に指示されたのだろうか?
今までの経緯を見ると、日本政府がクリントン氏およびマイク・ホンダ議員の
日本収奪作戦
に対して如何に無頓着で無策であったかが良く分かる。
世界の常識では沈黙は金ではなく、沈黙は同意である。
「 無視するのが最善 」との発言は真実を隠蔽し、日本政府が虚偽の 「 強制連行はあった 」
ことを再度認めたと主張するための陰謀である。
「 強制連行は無かった 」と言う真実を隠蔽することは、
アメリカ、中国、韓国・朝鮮の大きな利益であるが、
日本の利益には全くならないどころか、将来より大きな災難をもたらすだろう。
しかしクリントンはそれを非駆されることなく、堂々とやってのけた。
仕掛けは雇用機会均等委員会の副委員長ポストにポール・イガサキを任命することだった。
彼は日系三世で、見た目は日本人そのものだった。
それがクリントンの狙いでもあった。
彼は司法省を使って進出日本企業に次々と因縁をつけては、
多額の賠償金を取り立てていた。
その対日企業恐喝の仕上げかポールの日本人面を決め手とする
三菱自動車のセクハラ訴訟だった。
同社の工場では
「男の従業員が同僚の女性に好き放題にクハラを仕掛け
乳房をもみ、股間をまさぐっている。
女性が被害を訴え出ると平気で解雇した」。
なぜなら日本人は女を見下し、法的保護の埓外に置いている。
「この米国内で日本式に女を扱い、性の奴隷扱いした三菱に
総額二億一千万ドルの集団賠償訴訟を起こした」
とポールが記者会見で発表した。
日本人面した彼(ポール・イガサキ日系三世)が日本をこき下ろすのだから、
これは人種差別発言には当たらないというわけだ。
かくてクリントンは、三菱が米国で稼いだ金すべてを巻き上げるのに成功した。
彼は次にカリフォルニア州議会のマイク・ホンダ議員を登場させた。
マイクはある日、唐突に
「日本軍は南京やアジアで残虐行為を働き、
連合軍捕虜を強制労働させた。謝罪と賠償を」
という日本非難決議を州議会に出した。
日系人が自分の祖国をそこまで
貶(おとし)めたいならご勝手にと、決議は通った。
すると白人のへイデン議員が立って
「捕虜を強制労働させた日本企業に、半世紀遡って賠償させられる」
という法案を出してきた。
何のことはない、
マイクは日本人面を使い、
この偽りに満ちた法案を通すために一芝居打ったのだ。
かくてへイデン法が成立し、
元捕虜の米兵に中国人や朝鮮人までが合い乗りして、
新日鉄など日本企業十四社に総額百二十兆円の賠償訴訟を起こした。
マイクはこの手柄で連邦議会の下院議員のポストを手に入れた。
ただ百二十兆円訴訟の方は土壇場で政権がまともな共和党に移り、
最高裁がへイデン法自体を却下してくれて日本企業は危ういところで助かった。
中略
二度続けて失敗したNYタイムズはここでクリントン方式を採用した。
日本人面で日本名ももつ外国籍のノリミツ・オオニシを登用した。
彼は早速、北朝鮮の拉致は「右翼が扇動し政治利用している」
と朝日新聞みたいな歪曲報道を書いた。
2008.03.05 (Wed)
日本政府が謝罪することはない
http://www.chosunonline.com/article/20040903000051より転載
李栄薫ソウル大教授「従軍慰安婦は売春業」
李教授は2日の夜、
「韓国戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村に
対する韓国人の反省と省察がない」
と日本軍従軍慰安婦を米軍部隊の売春業になぞらえた。
また「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員したと、どの学者が主張しているのか」とし、
「日本は挺身隊を管理した責任があるが、
韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」と主張した。
http://www.chosunonline.com/article/20070308000015より転載
慰安婦: CNNネット投票で日本に有利な結果続出
米国のニュース専門テレビ局CNNが行っているインターネット投票で、
日本の安倍晋三首相が旧日本軍の「従軍慰安婦」問題について
謝罪する必要はないという意見が圧倒的に多いことが分かり、
韓国のネットユーザーらが反発している。
安倍首相は今月1日、旧日本軍の従軍慰安婦について
「強制性があったことを証明する証拠はない」
と発言したのに続き、5日にも参議院予算委員会で
「米国下院が従軍慰安婦問題で
日本に謝罪を求める決議案を採択したとしても、
日本政府が謝罪することはない」
と述べ、国際的な非難が高まっている。
李栄薫ソウル大教授「従軍慰安婦は売春業」
李教授は2日の夜、
「韓国戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村に
対する韓国人の反省と省察がない」
と日本軍従軍慰安婦を米軍部隊の売春業になぞらえた。
また「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員したと、どの学者が主張しているのか」とし、
「日本は挺身隊を管理した責任があるが、
韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」と主張した。
http://www.chosunonline.com/article/20070308000015より転載
慰安婦: CNNネット投票で日本に有利な結果続出
米国のニュース専門テレビ局CNNが行っているインターネット投票で、
日本の安倍晋三首相が旧日本軍の「従軍慰安婦」問題について
謝罪する必要はないという意見が圧倒的に多いことが分かり、
韓国のネットユーザーらが反発している。
安倍首相は今月1日、旧日本軍の従軍慰安婦について
「強制性があったことを証明する証拠はない」
と発言したのに続き、5日にも参議院予算委員会で
「米国下院が従軍慰安婦問題で
日本に謝罪を求める決議案を採択したとしても、
日本政府が謝罪することはない」
と述べ、国際的な非難が高まっている。
2008.03.05 (Wed)
最初は朝日新聞
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~asakyu/no5.htmlより転載
(1)
昭和58年、吉田清治が、著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で
昭和 18年に軍の命令で「挺身隊」として、
韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体 験」を発表。
朝日新聞は、これを平成3年から翌年にかけ、4回にわたり、報道。
(2)
同3年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」
「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、
「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され,
日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が」
名乗り出たと報じた。
(3)
同4年1月11日、朝日新聞は、一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、
「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。
この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、
「真相究明」を約束。
(4)
同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、
「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、
更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
石原副長官がすかさず軍・官の強制連行の証拠は発見出来なかった
(今に至るも発見されていない)と発表したが時既に遅し。
この河野談話によって日本政府は、慰安婦が軍によって強制徴集されたことを
公式に認めてしまったことになる。
これを契機として、中学高校のほとんどの歴史教科書に、
「従軍慰安婦」が記述されることになった。
この記事に疑問をもった済州新聞の許栄善記者と秦郁彦日大教授の調査により
原著書は全くの作り話であることが判明。
自ら名乗り出た慰安婦について:
この女性、金学順さんは、「女子挺身隊」として連行などされていない事を、
8月14日の記者会見で自ら語り、生活苦から14歳の時に
平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。
三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、
検番の義父に連れていかれた所が、
華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」ことも判明。
当時、内地でもよくあった気の毒な「身売り」の話なのである。
国家による組織的な強制連行とは関係ない。
そもそも「女子挺身隊」とは、昭和18年9月に閣議決定されたもので、
金学順さんが17歳であった昭和14年には存在していない制度である。
さらに「女子挺身隊」とは、販売店員、改札係、車掌、理髪師など、
17職種の男子就業を禁止し、25歳未満の女子を動員したものであり、
慰安婦とは何の関係もない。
軍の関与について:
発見された文書とは昭和13年に陸軍省通達、
「軍慰安所従業婦等募集に関する件」であり、
その趣旨は民間の悪徳業者による誘拐まがいの行為即ち「強制連行」を、
軍が警察と協カしてやめさせようとした事なのである。
これを原文書から都合のいい文言をツマミ食いし
「慰安所、軍関与示す資料」、
「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」
としたまさにヒッカケ記事だった。
狙い済ましたように、宮沢首相訪韓のわずか5日前に発表されたことから、
絶大な効果を発揮した。
ソウル市内では抗・糾弾のデモ、集会が相次ぎ、
日の丸が焼かれる中で宮沢首相は事実を確認する余裕もなく、
8回も盧泰愚大統領に謝罪。
(1)
昭和58年、吉田清治が、著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で
昭和 18年に軍の命令で「挺身隊」として、
韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体 験」を発表。
朝日新聞は、これを平成3年から翌年にかけ、4回にわたり、報道。
(2)
同3年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」
「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、
「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊の戦場に連行され,
日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が」
名乗り出たと報じた。
(3)
同4年1月11日、朝日新聞は、一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、
「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。
この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、
「真相究明」を約束。
(4)
同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、
「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、
更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
石原副長官がすかさず軍・官の強制連行の証拠は発見出来なかった
(今に至るも発見されていない)と発表したが時既に遅し。
この河野談話によって日本政府は、慰安婦が軍によって強制徴集されたことを
公式に認めてしまったことになる。
これを契機として、中学高校のほとんどの歴史教科書に、
「従軍慰安婦」が記述されることになった。
この記事に疑問をもった済州新聞の許栄善記者と秦郁彦日大教授の調査により
原著書は全くの作り話であることが判明。
自ら名乗り出た慰安婦について:
この女性、金学順さんは、「女子挺身隊」として連行などされていない事を、
8月14日の記者会見で自ら語り、生活苦から14歳の時に
平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。
三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、
検番の義父に連れていかれた所が、
華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」ことも判明。
当時、内地でもよくあった気の毒な「身売り」の話なのである。
国家による組織的な強制連行とは関係ない。
そもそも「女子挺身隊」とは、昭和18年9月に閣議決定されたもので、
金学順さんが17歳であった昭和14年には存在していない制度である。
さらに「女子挺身隊」とは、販売店員、改札係、車掌、理髪師など、
17職種の男子就業を禁止し、25歳未満の女子を動員したものであり、
慰安婦とは何の関係もない。
軍の関与について:
発見された文書とは昭和13年に陸軍省通達、
「軍慰安所従業婦等募集に関する件」であり、
その趣旨は民間の悪徳業者による誘拐まがいの行為即ち「強制連行」を、
軍が警察と協カしてやめさせようとした事なのである。
これを原文書から都合のいい文言をツマミ食いし
「慰安所、軍関与示す資料」、
「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」
としたまさにヒッカケ記事だった。
狙い済ましたように、宮沢首相訪韓のわずか5日前に発表されたことから、
絶大な効果を発揮した。
ソウル市内では抗・糾弾のデモ、集会が相次ぎ、
日の丸が焼かれる中で宮沢首相は事実を確認する余裕もなく、
8回も盧泰愚大統領に謝罪。
2008.03.05 (Wed)
「軍の強制」という事実があったかを検証するのが先
http://www.j-cast.com/2007/08/01009899.htmlより転載
旧日本軍のいわゆる従軍慰安婦について、
米下院が「対日謝罪要求決議案」を本会議で採択した問題で、
日本の主要新聞は社説やコラムの中で「事実誤認」「おろかな選択」「有害である」
などと揃って批判論を展開した。
しかし、朝日新聞だけは安倍首相が談話を表明して謝罪するよう要求しており、
「孤立」が際立っている。
決議案は、旧日本軍の「強制集団売春制度」によって、
「集団レイプ」「堕胎の強制」が行われたとするもので、
「残虐性に前例がない」
「20世紀における最大の人身売買の一つ」
などと断じられている。
さらに、本会議での可決が決まった翌日の米国では、
ラントス下院外交委員長が、
「(日本での)性奴隷の徴用を否定する試み」について
「吐き気をもよおす」とまで批判していることなどが報じられている。
「軍の強制」という事実があったかを検証するのが先
ただ、朝日新聞だけは、「対日謝罪要求決議案」について
「日本の側にも原因がある」とした上で、
「決議は首相に謝罪を求めている。
首相の沈黙は逆効果になるだけだ。
河野談話の継承を疑われているのならば、
同じような内容を安倍首相の談話として内外に表明してはどうか。
それがいま取りうる最善の道だろう」
と、米国の決議案に沿った主張をしている。
全国紙各誌が怒りや疑問をあらわにするなかで、
いわば「孤立」しているとも言える状態だ。
「軍の強制」という事実があったかを検証するのが先なのですが、
朝日新聞は検証もせずにとにかく謝ろうという姿勢です。
ところで他の新聞社は、「軍の強制」という事実を検証しているのでしょうか?
沖縄住民の自決が「軍の強制」かどうかが、教科書検定に絡んで議論されています。
旧日本軍のいわゆる従軍慰安婦について、
米下院が「対日謝罪要求決議案」を本会議で採択した問題で、
日本の主要新聞は社説やコラムの中で「事実誤認」「おろかな選択」「有害である」
などと揃って批判論を展開した。
しかし、朝日新聞だけは安倍首相が談話を表明して謝罪するよう要求しており、
「孤立」が際立っている。
決議案は、旧日本軍の「強制集団売春制度」によって、
「集団レイプ」「堕胎の強制」が行われたとするもので、
「残虐性に前例がない」
「20世紀における最大の人身売買の一つ」
などと断じられている。
さらに、本会議での可決が決まった翌日の米国では、
ラントス下院外交委員長が、
「(日本での)性奴隷の徴用を否定する試み」について
「吐き気をもよおす」とまで批判していることなどが報じられている。
「軍の強制」という事実があったかを検証するのが先
ただ、朝日新聞だけは、「対日謝罪要求決議案」について
「日本の側にも原因がある」とした上で、
「決議は首相に謝罪を求めている。
首相の沈黙は逆効果になるだけだ。
河野談話の継承を疑われているのならば、
同じような内容を安倍首相の談話として内外に表明してはどうか。
それがいま取りうる最善の道だろう」
と、米国の決議案に沿った主張をしている。
全国紙各誌が怒りや疑問をあらわにするなかで、
いわば「孤立」しているとも言える状態だ。
「軍の強制」という事実があったかを検証するのが先なのですが、
朝日新聞は検証もせずにとにかく謝ろうという姿勢です。
ところで他の新聞社は、「軍の強制」という事実を検証しているのでしょうか?
沖縄住民の自決が「軍の強制」かどうかが、教科書検定に絡んで議論されています。
2008.03.05 (Wed)
だましたり、強制的につれてきたのか
慰安婦問題
(1)
慰安婦はいたのか?
慰安婦はいた。
8万人から20万人と推定されている。
住民のレイプ、略奪を防止するため、どこの軍でもこういう売春のための施設はある。
ドイツ駐留アメリカ軍のための施設がドイツにあった。
イラク駐留アメリカ軍のための施設がドバイにある。
(2)
従軍慰安婦はいたのか?
従軍看護婦という言葉はあったが、従軍慰安婦という言葉はなかった。
のちになって、ある目的から従軍慰安婦という言葉が使われるようになった。
日本軍が上客だから、慰安婦は日本軍とともに移動する。
慰安婦は大人数だから、生活物資を日本軍に頼るしかなった。
移送手段は日本軍のトラックしかない。
こういう慰安婦を従軍慰安婦と呼ぶべきかどうか?
(3)
従軍慰安婦は強制されたのか?
日本兵はお金を払っていたから、強制ではない。
お金を払っていても、だましてつれてきたり、強制的につれてきたから強制である。
日本兵は給料の1/3を慰安婦に支払っていた。
したがって、だましたり、強制的につれてきたことがあったのか どうか、が論点となる。
(1)
慰安婦はいたのか?
慰安婦はいた。
8万人から20万人と推定されている。
住民のレイプ、略奪を防止するため、どこの軍でもこういう売春のための施設はある。
ドイツ駐留アメリカ軍のための施設がドイツにあった。
イラク駐留アメリカ軍のための施設がドバイにある。
(2)
従軍慰安婦はいたのか?
従軍看護婦という言葉はあったが、従軍慰安婦という言葉はなかった。
のちになって、ある目的から従軍慰安婦という言葉が使われるようになった。
日本軍が上客だから、慰安婦は日本軍とともに移動する。
慰安婦は大人数だから、生活物資を日本軍に頼るしかなった。
移送手段は日本軍のトラックしかない。
こういう慰安婦を従軍慰安婦と呼ぶべきかどうか?
(3)
従軍慰安婦は強制されたのか?
日本兵はお金を払っていたから、強制ではない。
お金を払っていても、だましてつれてきたり、強制的につれてきたから強制である。
日本兵は給料の1/3を慰安婦に支払っていた。
したがって、だましたり、強制的につれてきたことがあったのか どうか、が論点となる。
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