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2008.04.17 (Thu)
全ての企業は軍隊の指揮下に置かれる??
ダルフールと同じことがニジェールに。
紛争地域にも軍隊を送れば資源開発が出来るということです。
全ての企業は軍隊の指揮下に置かれる?? より転載
アフリカのニジェールは、ウラン埋蔵量では世界で8位の国であり、
ここでのウラン鉱山開発に中国は乗り出している。
しかし、ニジェールの反政府ゲリラは、
中国がウラン欲しさに政府軍に兵器を提供し、
それが反政府ゲリラへの攻撃に使用されているとして、
中国人技師等への襲撃を開始。
中国の鉱山開発は企業ではなく中国共産軍が行っているため、
ニジェールで反政府ゲリラと中国軍が戦闘状態に入ったようである。
欧米諸国でも傭兵企業が鉱山開発・経営を担当し始めているように、
中国においても、鉱物資源開発は
軍隊が行う状況へと変化が起こって来ている。
こうして民間企業=鉱山会社が鉱山を開発する時代は終わり、
今後は資源開発は軍隊が行い、
その資源を使用した原料・素材産業、
さらには素材を加工し最終的な製品を製造する過程までを
軍隊が指揮する時代が来る。
産業全体の軍事化であり、
1日の多くを会社で過ごすサラリーマン、
つまり圧倒的多数の市民の生活が、
日常の隅々まで軍隊に指揮される時代の予兆である。
社会全体の軍隊化である。
こうした傭兵会社がロスチャイルドの鉱山経営を担当し、
中国の経済的実権をロスチャイルドが把握し、
軍をも含め指揮下に置き始めている事に注視すると、
市民の日常の隅々まで軍隊が監視し指揮命令する社会、
それがロックフェラー=ロスチャイルド世界帝国の未来の姿である事が分かる。
紛争地域にも軍隊を送れば資源開発が出来るということです。
全ての企業は軍隊の指揮下に置かれる?? より転載
アフリカのニジェールは、ウラン埋蔵量では世界で8位の国であり、
ここでのウラン鉱山開発に中国は乗り出している。
しかし、ニジェールの反政府ゲリラは、
中国がウラン欲しさに政府軍に兵器を提供し、
それが反政府ゲリラへの攻撃に使用されているとして、
中国人技師等への襲撃を開始。
中国の鉱山開発は企業ではなく中国共産軍が行っているため、
ニジェールで反政府ゲリラと中国軍が戦闘状態に入ったようである。
欧米諸国でも傭兵企業が鉱山開発・経営を担当し始めているように、
中国においても、鉱物資源開発は
軍隊が行う状況へと変化が起こって来ている。
こうして民間企業=鉱山会社が鉱山を開発する時代は終わり、
今後は資源開発は軍隊が行い、
その資源を使用した原料・素材産業、
さらには素材を加工し最終的な製品を製造する過程までを
軍隊が指揮する時代が来る。
産業全体の軍事化であり、
1日の多くを会社で過ごすサラリーマン、
つまり圧倒的多数の市民の生活が、
日常の隅々まで軍隊に指揮される時代の予兆である。
社会全体の軍隊化である。
こうした傭兵会社がロスチャイルドの鉱山経営を担当し、
中国の経済的実権をロスチャイルドが把握し、
軍をも含め指揮下に置き始めている事に注視すると、
市民の日常の隅々まで軍隊が監視し指揮命令する社会、
それがロックフェラー=ロスチャイルド世界帝国の未来の姿である事が分かる。
2008.04.10 (Thu)
傭兵会社ブラックウォーター
傭兵会社ブラックウォーター
戦争民営化:イラクのペルー人戦争請負契約社員
も見れなくなっております。
2年間ブラックウォーターで副会長だったコファー・ブラックは、
911を通じてCIA対テロリズムセンターの長官だった。
そして部局のオサマビンラディン捜索を率いた。
ブラックウォーター社は、米海兵隊、米陸軍、
その他世界中から特殊部隊出身者を集めて傭兵サービスを行う業界最大手。
ワシントンとも深く結ばれている。
英インディペンデント紙によれば、
イラクで活動する傭兵はおよそ4万 4000人だ。
特に英国人傭兵は2万1000人を超え、
英国駐留軍の ほぼ3倍の規模になる。
イラク駐留各国軍の兵站など、後方支援業務を担う企業も多く、
それらを含めた民間軍事要員の総数は
12万6000人を超えるとみられている。
傭兵の活動は正規軍の管理下にないので、
しばしば現地で正規軍と衝突し、銃撃事件を起こすなど、
治安悪化の隠れた要因になりつつある。
ノースカロライナ州のブラックウォーター社は、
イラクで稼働する最も利益率が高い軍事請負人のひとつで、
イラクが実は好機の地であることを証明する。
ブラックウォーターのゲイリー・ジャクソン社長は、喝采 して、
2004年に600%の「驚異的な」成長率と認めた。
http://fair-port.com/tama/No-157.htmlより転載
戦争民営化:イラクのペルー人戦争請負契約社員
も見れなくなっております。
2年間ブラックウォーターで副会長だったコファー・ブラックは、
911を通じてCIA対テロリズムセンターの長官だった。
そして部局のオサマビンラディン捜索を率いた。
ブラックウォーター社は、米海兵隊、米陸軍、
その他世界中から特殊部隊出身者を集めて傭兵サービスを行う業界最大手。
ワシントンとも深く結ばれている。
英インディペンデント紙によれば、
イラクで活動する傭兵はおよそ4万 4000人だ。
特に英国人傭兵は2万1000人を超え、
英国駐留軍の ほぼ3倍の規模になる。
イラク駐留各国軍の兵站など、後方支援業務を担う企業も多く、
それらを含めた民間軍事要員の総数は
12万6000人を超えるとみられている。
傭兵の活動は正規軍の管理下にないので、
しばしば現地で正規軍と衝突し、銃撃事件を起こすなど、
治安悪化の隠れた要因になりつつある。
ノースカロライナ州のブラックウォーター社は、
イラクで稼働する最も利益率が高い軍事請負人のひとつで、
イラクが実は好機の地であることを証明する。
ブラックウォーターのゲイリー・ジャクソン社長は、喝采 して、
2004年に600%の「驚異的な」成長率と認めた。
http://fair-port.com/tama/No-157.htmlより転載
2008.04.05 (Sat)
アンザック軍団
アンザック軍団より転載
アンザック軍団(Australian NewZealand Army Corps)は
オーストラリア人とニュージーランド人とで構成された、
イギリス軍のなかの軍団、師団、旅団で
ガリポリ半島、フランス、中東で戦った。
限定された自治が1901年オーストリア・ニュージーランドに認められた。
ただ両国で常備軍は民兵を除いて1個歩兵師団と1個騎兵旅団しかなく、
またその訓練・装備は十分ではなく、
統帥上はイギリス帝国参謀本部の指揮下にはいると了解されていた。
当時はカナダ(ニューファウンドランドを含む)・オーストラリアと南アフリカ以外の自治領は、
本国の参戦とともに自動的に交戦国となった。
白豪主義
オーストラリアは本国より先行して労働党が政権をとった。
オーストラリアの労働党はアンドルー・フィシャーによって設立された。
フィシャーは23歳のときクイーンズランドに渡った元炭坑夫で教養はなかったといわれる。
フィシャーは短い期間を除き1901年から1915年まで政権を掌握した。
だがこの政権は、南アフリカのスムート政権と同様に悪質で、
国内に厳格な人種差別政策を実施した。
すなわち先住民(アボリジニ)を矯正すると称して、
子供に英語教育を強制しまた親と隔離、
イングランド・国教会またはスコットランド・長老派教会、ウェールズ・自由教会などの
牧師が先導しその信者の家で家事労働に従事させた。
この取り扱いはニュージーランドのマオリ族との協定と比較しても過酷なもので、
この過程のなかでアボリジニの約半数が死亡したと言われる。
多くは強制収容所で、医療がうけられず病死した。
また注意すべきなのは、
この行為がアメリカの開拓時代と異なり国家の意思で行われ、
かつヒトラーと異なり事実を隠していないことだ。
そのうえイギリス本国または自治領からの移民受け入れをも制限した。
白人でもユダヤ人やスラブ系は受け入れていない。
また日本人以外の有色人種は入国そのものを拒否した。
結果としてこの時、オーストラリア人口の96%はイギリスのプロテスタントだった。
政治上争ったのは、カトリックのアイルランド系の人々だけだった。
この政策は半独立後、労働者の現行賃金維持の観点から実施されたといわれる。
この自治領(ドミニオン)というのは国際法上は植民地と同様と思われるが、
オーストラリア政府は日英通商航海条約を批准せず、
日本人の入国について軍人を含む公務員以外認めなかった。
以前ボタンなどに使用された蝶ちょ貝の漁でトラブルが生じたのはこのためだ。
ただ実際は、日英同盟の関係で政府間の関係は良好で
とくに外交官などはむしろ好印象をもった人々も多い。
もともとこの白豪主義は
ボーア戦争時の中国人労働者の南アフリカ入国に伴う
本国を巻き込む政争で出てきた面もあり、
初めめは日本人というより中国人を狙ったものである。
この点では加州の紛争と似ている。
1960年代に至り、日本への輸出増大により
一時日本人が名誉白人と分類されたことがあるが、
その種の宥和策に溺れてはいけない。
1965年頃からアメリカからの圧力の耐えられず
ついに移民上および国内法上の差別は撤廃したと自称しているが、
現在も日本人にたいするものを除き実態上改善されているかは疑わしい。
募兵
オーストラリア政府はその国是からして、
入隊はイギリス系白人、すなわちノンコンフォーミスト(国教会に入らない人々)を含む
プロテスタントに限定された。
イギリス本国でも当時、
カトリック教徒は将校を含む高級国家公務員になれないという規則があり、
それと類似しているが、
スチュワート家がオーストラリアに興味があるはずもなく、
イギリスからの出身者を優先させたに違いない。
元来オーストラリアは本国の開戦原因のベルギー中立侵犯とは直接関係を有しない。
またベルギー中立侵犯に対抗するという大義も抽象的なものだから、
オーストラリア人の意識のなかの宗主国また出身地への愛情が
この戦争にかりたてたとみて良いだろう。
また政治家の一部にドイツの山東半島を除く
太平洋の利権、とりわけニューギニア(イリアンまたはパプアとも)島への領土的野心があった。
これは、日本の参戦問題に複雑な影というより、愚かしくも単純な影を投げかけた。
また労働党政権はついに徴兵制度を実施せず
(このような差別があっては国民皆兵はできない。)
すべて傭兵制度に頼った。
そして注意せねばならないのは、
アンザック軍団はシベリアに派兵された日本軍や
フランスに派兵されたアメリカ軍(AEF)とは根本的に違うことである。
すなわち、オーストラリアには1個歩兵師団と若干の騎兵を除いて
全く常備軍がなく、そもそもまともな将校団が存在しなかった。
このためアンザック軍団の将校はイギリス本国人である。
また制服を除く全ての装備はイギリス本国負担だった。
それどころか軍隊の維持に必要な諸後方部隊
(兵站・鉄道・医療・主計・訓練・情報・宣伝など)を全く保有せず、
言わば打撃兵力のためのみイギリス本国に雇われる形だった。
このことから第1次大戦では
打撃兵力(前線部隊)が最も訓練を必要としないことがわかる。
またカナダ軍団は、後方部隊で本国軍と重複し
必要のないもの以外は保有しており、
当初から師団のなかで師団長以外は全てカナダ人だった。
この差は常備軍の日常における訓練の差で、
カナダ軍は常備軍こそ少ないが
将校団と予備兵は良好な状態を維持していた。
給与はところがイギリス軍兵士より高かった。
オーストラリア兵士は
イギリス軍の徴兵制度移行前の給与より50%増しの
最低月額3ポンドを受け取っていた。
ドイツ軍は中央同盟国で最も高く
月額10マルク最低保証でこれは、換算すれば1.2ポンド程度と思われる。
この水準は当時のオーストラリアの平均賃金よりやや低いと言われるが、
衣食住を考慮すれば破格と思われる。
ちなみに日本軍は3.2円で、0.8ポンド程度である。
従ってオーストラリア兵士の賃金は全世界最高水準で、
このことが募兵を成功に導いたことは疑いない。
派兵
派兵自体は決定されたが、
常備軍の1個師団すら予備兵を含めて充員体制ができていなかった。
オーストラリア政府はこの派遣すべき軍を
オーストラリア帝国軍(AIF Australian Imperial Force)と呼んだ。
しかしオーストラリア軍は異質な部分を含まないから、純粋の国民軍にすぎない。
ニュージ−ランド軍を含むアンザック軍団という呼称はイギリス軍が開始したものである。
オーストラリア人は現在では帝国軍という呼称をこの軍にたいして使用していない。
第2次大戦でオーストラリア軍の本国部隊
(主力は北アフリカにありロンメルと戦っていた。)
はシンガポールで全滅した。
その後残念なことに、日本軍による捕虜にたいする虐待行為が発生した。
そして訓練の状態は劣悪で
ほとんど戦闘用のライフル(ボルトアクション式歩兵銃)を手にしたことがなかった。
また教育係り将校自体の訓練も不十分で
イギリス本国人によりエジプトで全員を訓練させることが決まった。
実際はこの時、本国でキッチナー陸軍が募集、訓練期間中で
本国にも兵営の余裕すらなかった。
オーストラリア帝国軍にはのべ42万人が参加し
そのうち33万人が実際エジプト以遠に派遣された。
この数字は当時のオーストラリアの人口650万人と比較すれば破格なものである。
1919年度中に復員は全て完了した。
58365人の戦死者、4098人の捕虜、166811人の傷病者を出した。
これは交戦国中、ルーマニアに次ぐ被害率である。
これは動員された兵士が全て前線部隊に所属したためだ。
またニュージーランドの人口は当時109万人だったが、
このうち12万4000人がアンザック軍団に参加した。
これは比率にしてフランスの半分であり、
フランスが根こそぎ動員をかけたことを考えれば驚異的な数字だ。
そのうち1万7000人が戦死した。
チャーチルはニュージーランド兵士にたいして
dauntless、「おそれを知らない」との形容をおくった。
イラクのブラックウォーター社の傭兵とよく似ております。
アンザック軍団(Australian NewZealand Army Corps)は
オーストラリア人とニュージーランド人とで構成された、
イギリス軍のなかの軍団、師団、旅団で
ガリポリ半島、フランス、中東で戦った。
限定された自治が1901年オーストリア・ニュージーランドに認められた。
ただ両国で常備軍は民兵を除いて1個歩兵師団と1個騎兵旅団しかなく、
またその訓練・装備は十分ではなく、
統帥上はイギリス帝国参謀本部の指揮下にはいると了解されていた。
当時はカナダ(ニューファウンドランドを含む)・オーストラリアと南アフリカ以外の自治領は、
本国の参戦とともに自動的に交戦国となった。
白豪主義
オーストラリアは本国より先行して労働党が政権をとった。
オーストラリアの労働党はアンドルー・フィシャーによって設立された。
フィシャーは23歳のときクイーンズランドに渡った元炭坑夫で教養はなかったといわれる。
フィシャーは短い期間を除き1901年から1915年まで政権を掌握した。
だがこの政権は、南アフリカのスムート政権と同様に悪質で、
国内に厳格な人種差別政策を実施した。
すなわち先住民(アボリジニ)を矯正すると称して、
子供に英語教育を強制しまた親と隔離、
イングランド・国教会またはスコットランド・長老派教会、ウェールズ・自由教会などの
牧師が先導しその信者の家で家事労働に従事させた。
この取り扱いはニュージーランドのマオリ族との協定と比較しても過酷なもので、
この過程のなかでアボリジニの約半数が死亡したと言われる。
多くは強制収容所で、医療がうけられず病死した。
また注意すべきなのは、
この行為がアメリカの開拓時代と異なり国家の意思で行われ、
かつヒトラーと異なり事実を隠していないことだ。
そのうえイギリス本国または自治領からの移民受け入れをも制限した。
白人でもユダヤ人やスラブ系は受け入れていない。
また日本人以外の有色人種は入国そのものを拒否した。
結果としてこの時、オーストラリア人口の96%はイギリスのプロテスタントだった。
政治上争ったのは、カトリックのアイルランド系の人々だけだった。
この政策は半独立後、労働者の現行賃金維持の観点から実施されたといわれる。
この自治領(ドミニオン)というのは国際法上は植民地と同様と思われるが、
オーストラリア政府は日英通商航海条約を批准せず、
日本人の入国について軍人を含む公務員以外認めなかった。
以前ボタンなどに使用された蝶ちょ貝の漁でトラブルが生じたのはこのためだ。
ただ実際は、日英同盟の関係で政府間の関係は良好で
とくに外交官などはむしろ好印象をもった人々も多い。
もともとこの白豪主義は
ボーア戦争時の中国人労働者の南アフリカ入国に伴う
本国を巻き込む政争で出てきた面もあり、
初めめは日本人というより中国人を狙ったものである。
この点では加州の紛争と似ている。
1960年代に至り、日本への輸出増大により
一時日本人が名誉白人と分類されたことがあるが、
その種の宥和策に溺れてはいけない。
1965年頃からアメリカからの圧力の耐えられず
ついに移民上および国内法上の差別は撤廃したと自称しているが、
現在も日本人にたいするものを除き実態上改善されているかは疑わしい。
募兵
オーストラリア政府はその国是からして、
入隊はイギリス系白人、すなわちノンコンフォーミスト(国教会に入らない人々)を含む
プロテスタントに限定された。
イギリス本国でも当時、
カトリック教徒は将校を含む高級国家公務員になれないという規則があり、
それと類似しているが、
スチュワート家がオーストラリアに興味があるはずもなく、
イギリスからの出身者を優先させたに違いない。
元来オーストラリアは本国の開戦原因のベルギー中立侵犯とは直接関係を有しない。
またベルギー中立侵犯に対抗するという大義も抽象的なものだから、
オーストラリア人の意識のなかの宗主国また出身地への愛情が
この戦争にかりたてたとみて良いだろう。
また政治家の一部にドイツの山東半島を除く
太平洋の利権、とりわけニューギニア(イリアンまたはパプアとも)島への領土的野心があった。
これは、日本の参戦問題に複雑な影というより、愚かしくも単純な影を投げかけた。
また労働党政権はついに徴兵制度を実施せず
(このような差別があっては国民皆兵はできない。)
すべて傭兵制度に頼った。
そして注意せねばならないのは、
アンザック軍団はシベリアに派兵された日本軍や
フランスに派兵されたアメリカ軍(AEF)とは根本的に違うことである。
すなわち、オーストラリアには1個歩兵師団と若干の騎兵を除いて
全く常備軍がなく、そもそもまともな将校団が存在しなかった。
このためアンザック軍団の将校はイギリス本国人である。
また制服を除く全ての装備はイギリス本国負担だった。
それどころか軍隊の維持に必要な諸後方部隊
(兵站・鉄道・医療・主計・訓練・情報・宣伝など)を全く保有せず、
言わば打撃兵力のためのみイギリス本国に雇われる形だった。
このことから第1次大戦では
打撃兵力(前線部隊)が最も訓練を必要としないことがわかる。
またカナダ軍団は、後方部隊で本国軍と重複し
必要のないもの以外は保有しており、
当初から師団のなかで師団長以外は全てカナダ人だった。
この差は常備軍の日常における訓練の差で、
カナダ軍は常備軍こそ少ないが
将校団と予備兵は良好な状態を維持していた。
給与はところがイギリス軍兵士より高かった。
オーストラリア兵士は
イギリス軍の徴兵制度移行前の給与より50%増しの
最低月額3ポンドを受け取っていた。
ドイツ軍は中央同盟国で最も高く
月額10マルク最低保証でこれは、換算すれば1.2ポンド程度と思われる。
この水準は当時のオーストラリアの平均賃金よりやや低いと言われるが、
衣食住を考慮すれば破格と思われる。
ちなみに日本軍は3.2円で、0.8ポンド程度である。
従ってオーストラリア兵士の賃金は全世界最高水準で、
このことが募兵を成功に導いたことは疑いない。
派兵
派兵自体は決定されたが、
常備軍の1個師団すら予備兵を含めて充員体制ができていなかった。
オーストラリア政府はこの派遣すべき軍を
オーストラリア帝国軍(AIF Australian Imperial Force)と呼んだ。
しかしオーストラリア軍は異質な部分を含まないから、純粋の国民軍にすぎない。
ニュージ−ランド軍を含むアンザック軍団という呼称はイギリス軍が開始したものである。
オーストラリア人は現在では帝国軍という呼称をこの軍にたいして使用していない。
第2次大戦でオーストラリア軍の本国部隊
(主力は北アフリカにありロンメルと戦っていた。)
はシンガポールで全滅した。
その後残念なことに、日本軍による捕虜にたいする虐待行為が発生した。
そして訓練の状態は劣悪で
ほとんど戦闘用のライフル(ボルトアクション式歩兵銃)を手にしたことがなかった。
また教育係り将校自体の訓練も不十分で
イギリス本国人によりエジプトで全員を訓練させることが決まった。
実際はこの時、本国でキッチナー陸軍が募集、訓練期間中で
本国にも兵営の余裕すらなかった。
オーストラリア帝国軍にはのべ42万人が参加し
そのうち33万人が実際エジプト以遠に派遣された。
この数字は当時のオーストラリアの人口650万人と比較すれば破格なものである。
1919年度中に復員は全て完了した。
58365人の戦死者、4098人の捕虜、166811人の傷病者を出した。
これは交戦国中、ルーマニアに次ぐ被害率である。
これは動員された兵士が全て前線部隊に所属したためだ。
またニュージーランドの人口は当時109万人だったが、
このうち12万4000人がアンザック軍団に参加した。
これは比率にしてフランスの半分であり、
フランスが根こそぎ動員をかけたことを考えれば驚異的な数字だ。
そのうち1万7000人が戦死した。
チャーチルはニュージーランド兵士にたいして
dauntless、「おそれを知らない」との形容をおくった。
イラクのブラックウォーター社の傭兵とよく似ております。
2008.03.12 (Wed)
イラクのペルー人戦争請負契約社員
戦争民営化:イラクのペルー人戦争請負契約社員
ビデオです。
http://jp.youtube.com/watch?v=fSbfjoV6F_8&feature=related
イラクの悲劇
アメリカ軍はイラクで何をしているのか?
ジャーナリストがリポート。
http://jp.youtube.com/watch?v=0Mz3tYS-d7M&feature=related
ビデオです。
http://jp.youtube.com/watch?v=fSbfjoV6F_8&feature=related
イラクの悲劇
アメリカ軍はイラクで何をしているのか?
ジャーナリストがリポート。
http://jp.youtube.com/watch?v=0Mz3tYS-d7M&feature=related
2008.02.29 (Fri)
傭兵会社ブラックウォーター
傭兵会社ブラックウォーター
http://video.google.com/videoplay?docid=-283585541682471468
戦争民営化:イラクのペルー人戦争請負契約社員
http://video.google.com/videoplay?docid=9018141107073718271
イラクで戦闘ロボットを実戦配備
http://video.google.com/videoplay?docid=2411687650856133977
http://video.google.com/videoplay?docid=-283585541682471468
戦争民営化:イラクのペルー人戦争請負契約社員
http://video.google.com/videoplay?docid=9018141107073718271
イラクで戦闘ロボットを実戦配備
http://video.google.com/videoplay?docid=2411687650856133977
2008.02.26 (Tue)
傭兵の歴史
http://history.husigi.com/VHv2/koneta90.htm
より転載
戦争と言えば国家間の争いであり、
兵士は「祖国のために」戦うものと考え勝ちですが、
これは19世紀以降に定着したイメージ。
それ以前のヨーロッパの多くの戦争は
「傭兵」という金目当ての多国籍軍によって担われていました。
傭兵の歴史は意外と古く、
市民兵中心のはずのギリシャ時代にも存在したそうです。
中でもクーデターを企むペルシャ王子キュロスに雇われて、
1万3千のギリシャ兵を遠方に派遣した
クセノフォンは傭兵隊長第1号と言うべきか。
膨張するローマ帝国。
しかし国境を守る防衛軍の主力は傭兵に。
映画「キング・アーサー」でも「円卓の騎士」は
ローマの傭兵部隊としてけっこうリアルに描かれてましたよ。
とくに3紀以降は屈強なゲルマン人が好んで採用されるように。
476年西ローマ帝国がその傭兵隊長
オドアケルによって滅ばされたのは有名な話ですね。
中世は騎士の時代。
土地獲得のためならばと「主君のために」命をかけました。
しかし、貨幣経済が発達し、土地が不足してくると
主君への軍役奉仕のかたわら
傭兵のアルバイトに精出す騎士も出没する始末。
11世紀の十字軍は金に困った騎士たちの良い稼ぎ場であったとか。
中世末期になると火器や長弓の採用で歩兵の集団戦法が中心になり、
「一騎打ち」はますます時代遅れに。
14世紀以降はいよいよ傭兵の時代といってもよいでしょう。
なかでもスイス人傭兵の活躍が目立ちました。
耕地に恵まれないスイスでは傭兵が重要な産業で、
特にフランスに出稼ぎする人が多かったようです。
フランス軍のために命を落としたスイス人は50万人。
今日の銀行産業の隆盛は彼らの「送金」にその起源があるとも言われてます。
今もバチカンを守る100人の兵士はすべてスイス人だとか。
これに対抗するように15世紀から17世紀にかけて
活躍したのがドイツ人傭兵「ランツクネヒト」(Landsknecht)でした。
槍や銃を担いだ歩兵部隊でしたが、彼らは遠目にも一目瞭然でした。
派手な羽飾りのついた帽子に、袖をふかふかに膨らませた上着。
男根をこれ見よがしに強調したズボンの前当て。
なんだか異様ですね。
でもこのいでたちこそ故郷を捨て、
封建的身分のしがらみから
「自由」になったことへの彼らの矜持を表していたようです。
ランツクネヒトたちの運命は傭兵隊長の手中にありました。
傭兵隊長は言わば戦場のプロデューサー。
スポンサーを探し、兵士を組織し、
勝利に恵まれると莫大な報奨金を得ました。
今で言うと一攫千金をねらう
ベンチャービジネスの創業者といった感覚でしょうか。
16世紀後半には、常に予備兵を抱え、
注文に応じていつでも大量に
兵を動員できる戦場企業家が出現しています。
その頂点に立ったのがドイツ三十年戦争の
主役のひとりワレンシュタインでした。
彼がこの戦争のためにかき集めた傭兵の数はなんと15万人。
雇い主神聖ローマ皇帝ですら
彼の部隊には口出しできなかったようです。
この戦争における傭兵の残虐ぶりはつとに有名ですね。
戦利品や捕虜目当ての敗残兵狩りは過酷を極めました。
行く先々では強盗まがいの食料の調達を行い、
戦争に勝てば欲しいままに
略奪を繰り返して少ない給料の足しにしたとか。
正規部隊ですらそうですから、落伍兵や解雇兵が
手におえない無法者と化すのは想像に難くないでしょう。
三十年戦争でドイツは立ち上がれないくらいの打撃を被りました。
絶対王政期、各国は財力にものを言わせて
「常備軍」の育成に力を注ぎ始めました。
傭兵の時代は終わったのでしょうか。
いや常備軍の中身を見てみますと、
そうとは言えないことがよくわかります。
例えば30万人を擁したルイ14世の常備軍の約半分は外国籍であったし、
フリードリヒ2世のプロイセン軍にいたっては
その3分の2が外人部隊で占められていました。
本当の意味での傭兵の消滅は
フランス大革命を待たねばなりませんでした。
1792年8月オーストリア軍と通じていたルイ16世を
チュイルリー宮殿に襲撃した革命勢力は、
忠実に王を守ろうとした4万のスイス兵を解雇しました。
武器を取ったのは「祖国」フランスを守ろうと集まった
素人同然の寄せ集め部隊。
しかしその彼らが見事にオーストリア・プロイセン同盟軍を打ち破りました。
全土に「国王万歳」ではない「国民万歳」の声が鳴り響いたとか。
歴史上初めて「国民軍」が誕生した瞬間でした。
ナショナリズムの19世紀、傭兵は国民軍のなかに埋もれていきました。
だが21世紀の現代、その傭兵が密かに息を吹き返しつつあるようです。
舞台はイラク。3月ファルージャで殺され焼死体を引きずりまわされた
4人のアメリカ人は、実は民間戦争企業の社員だったようです。
現在約60社2万人の民間兵が正規米軍を背後で支えており、
イラク駐留・復興予算の約3分の1はこうした企業に流れているとか。
殺されても死者の数に入らず、
戦場で不法行為を行っても表ざたにならない、
傭兵の役割は今後ますます増えていくのかもしれません。
「戦争のアウトソーシング」が行き着く先はどこでしょうか。
それはナショナリズムとどう折り合いをつけるのでしょうか。
「傭兵の歴史」は私たちにそのヒントを教えてくれているのかもしれませんね。
より転載
戦争と言えば国家間の争いであり、
兵士は「祖国のために」戦うものと考え勝ちですが、
これは19世紀以降に定着したイメージ。
それ以前のヨーロッパの多くの戦争は
「傭兵」という金目当ての多国籍軍によって担われていました。
傭兵の歴史は意外と古く、
市民兵中心のはずのギリシャ時代にも存在したそうです。
中でもクーデターを企むペルシャ王子キュロスに雇われて、
1万3千のギリシャ兵を遠方に派遣した
クセノフォンは傭兵隊長第1号と言うべきか。
膨張するローマ帝国。
しかし国境を守る防衛軍の主力は傭兵に。
映画「キング・アーサー」でも「円卓の騎士」は
ローマの傭兵部隊としてけっこうリアルに描かれてましたよ。
とくに3紀以降は屈強なゲルマン人が好んで採用されるように。
476年西ローマ帝国がその傭兵隊長
オドアケルによって滅ばされたのは有名な話ですね。
中世は騎士の時代。
土地獲得のためならばと「主君のために」命をかけました。
しかし、貨幣経済が発達し、土地が不足してくると
主君への軍役奉仕のかたわら
傭兵のアルバイトに精出す騎士も出没する始末。
11世紀の十字軍は金に困った騎士たちの良い稼ぎ場であったとか。
中世末期になると火器や長弓の採用で歩兵の集団戦法が中心になり、
「一騎打ち」はますます時代遅れに。
14世紀以降はいよいよ傭兵の時代といってもよいでしょう。
なかでもスイス人傭兵の活躍が目立ちました。
耕地に恵まれないスイスでは傭兵が重要な産業で、
特にフランスに出稼ぎする人が多かったようです。
フランス軍のために命を落としたスイス人は50万人。
今日の銀行産業の隆盛は彼らの「送金」にその起源があるとも言われてます。
今もバチカンを守る100人の兵士はすべてスイス人だとか。
これに対抗するように15世紀から17世紀にかけて
活躍したのがドイツ人傭兵「ランツクネヒト」(Landsknecht)でした。
槍や銃を担いだ歩兵部隊でしたが、彼らは遠目にも一目瞭然でした。
派手な羽飾りのついた帽子に、袖をふかふかに膨らませた上着。
男根をこれ見よがしに強調したズボンの前当て。
なんだか異様ですね。
でもこのいでたちこそ故郷を捨て、
封建的身分のしがらみから
「自由」になったことへの彼らの矜持を表していたようです。
ランツクネヒトたちの運命は傭兵隊長の手中にありました。
傭兵隊長は言わば戦場のプロデューサー。
スポンサーを探し、兵士を組織し、
勝利に恵まれると莫大な報奨金を得ました。
今で言うと一攫千金をねらう
ベンチャービジネスの創業者といった感覚でしょうか。
16世紀後半には、常に予備兵を抱え、
注文に応じていつでも大量に
兵を動員できる戦場企業家が出現しています。
その頂点に立ったのがドイツ三十年戦争の
主役のひとりワレンシュタインでした。
彼がこの戦争のためにかき集めた傭兵の数はなんと15万人。
雇い主神聖ローマ皇帝ですら
彼の部隊には口出しできなかったようです。
この戦争における傭兵の残虐ぶりはつとに有名ですね。
戦利品や捕虜目当ての敗残兵狩りは過酷を極めました。
行く先々では強盗まがいの食料の調達を行い、
戦争に勝てば欲しいままに
略奪を繰り返して少ない給料の足しにしたとか。
正規部隊ですらそうですから、落伍兵や解雇兵が
手におえない無法者と化すのは想像に難くないでしょう。
三十年戦争でドイツは立ち上がれないくらいの打撃を被りました。
絶対王政期、各国は財力にものを言わせて
「常備軍」の育成に力を注ぎ始めました。
傭兵の時代は終わったのでしょうか。
いや常備軍の中身を見てみますと、
そうとは言えないことがよくわかります。
例えば30万人を擁したルイ14世の常備軍の約半分は外国籍であったし、
フリードリヒ2世のプロイセン軍にいたっては
その3分の2が外人部隊で占められていました。
本当の意味での傭兵の消滅は
フランス大革命を待たねばなりませんでした。
1792年8月オーストリア軍と通じていたルイ16世を
チュイルリー宮殿に襲撃した革命勢力は、
忠実に王を守ろうとした4万のスイス兵を解雇しました。
武器を取ったのは「祖国」フランスを守ろうと集まった
素人同然の寄せ集め部隊。
しかしその彼らが見事にオーストリア・プロイセン同盟軍を打ち破りました。
全土に「国王万歳」ではない「国民万歳」の声が鳴り響いたとか。
歴史上初めて「国民軍」が誕生した瞬間でした。
ナショナリズムの19世紀、傭兵は国民軍のなかに埋もれていきました。
だが21世紀の現代、その傭兵が密かに息を吹き返しつつあるようです。
舞台はイラク。3月ファルージャで殺され焼死体を引きずりまわされた
4人のアメリカ人は、実は民間戦争企業の社員だったようです。
現在約60社2万人の民間兵が正規米軍を背後で支えており、
イラク駐留・復興予算の約3分の1はこうした企業に流れているとか。
殺されても死者の数に入らず、
戦場で不法行為を行っても表ざたにならない、
傭兵の役割は今後ますます増えていくのかもしれません。
「戦争のアウトソーシング」が行き着く先はどこでしょうか。
それはナショナリズムとどう折り合いをつけるのでしょうか。
「傭兵の歴史」は私たちにそのヒントを教えてくれているのかもしれませんね。
2008.02.26 (Tue)
民間傭兵企業からの「派遣社員」
オルタナティブ通信より、転載
続報、守屋・元事務次官逮捕の深相
現在イラクに派兵されている米軍の過半の兵士達は、
米軍に所属していない。
民間傭兵企業からの「派遣社員」である。
派遣社員達は、派遣先の企業より、
当然、自分が所属する派遣元企業に忠誠を尽くす。
派遣先企業は、派遣が終われば、それで関係が「切れる」が、
派遣元の所属企業は、自分が兵士を職業とする限り、
「永久の付き合い」になる。
米軍における傭兵の急激な増加。
これは単なる軍隊の民営化ではない。
傭兵が米軍の過半を越え、多数となった段階で、
傭兵企業の経営者ロックフェラーが傭兵に対し、
米国と国連の主要機関の「乗っ取り」、
政府要人の「身柄確保」の指令を出す。
傭兵は、当然、米国には忠誠を誓わず、
傭兵企業の社長ロックフェラーに忠誠を誓う。
この無血クーデターにより、世界の覇者米国と国連機関の、
ロックフェラーによる「乗っ取り」が完成し、
ロックフェラーの世界帝国が出現する。
拙稿「FEMAによるクーデター計画」等で、既に、
このロックフェラー帝国建設計画について、
軍の内部計画文書等を明らかにし、また、
この帝国建設を目的とした合衆国大統領命令が
複数存在する事を明らかにしてきた。
現在、世界各国の軍隊内部で、傭兵を増員させ、
傭兵企業に軍隊の「指揮権を移行」させ、
国家から軍隊の指揮権を「事実上奪う」動きが急激に加速している真の理由は、
この世界規模でのクーデター計画にある。
議会制民主主義も、報道・表現の自由も、「これで死ぬ」。
このクーデター計画の設計者で、
ロックフェラーをボスとするズビクニュー・ブレジンスキー
(民主党大統領候補バラク・オバマの外交問題顧問)による、
「日本の軍隊を編成変えする必要がある」との「指示」により、
日本でも自衛隊の要職と指揮官(の顧問)等を、
民間傭兵企業からの「外人部隊」に「置き換える」
という、「強い要請」が来ている。
守屋等の防衛族からは、部下の自衛隊職員の
クビを切る事になるこの計画に対し、
単純な「雇用維持、現状維持」の観点から、
猛烈な抵抗が行われて来た。
その守屋の結末が、CIA=東京地検による逮捕である。
自衛隊の要職(の顧問)を、
ロシア軍出身の傭兵に「置き換える」理由は、
クーデター時に無感情に日本人を大量虐殺するには、
指揮官と殺害現場担当者の多数は、
「日本人に対して愛着が無く、スムーズに日本人虐殺が出来る」
外人部隊でなくては「ならない」。
外人傭兵部隊を使う理由は、ここにある。
既報のように、これらロシア人傭兵部隊は、
ロシアン・マフィア=マーク・リッチの部下達であるが、
ロシアン・マフィアは、現在、
日本の警察機構の「動脈」を完全に支配下に置いている。
日本の警察組織の機密(秘密)活動費用、公費を流用した飲食、
買春、給与、ボーナス、退職金の「不正な増額」は、
全てロシアン・マフィアからの「収益」に依存している。
ロシアン・マフィアが、駅のコインロッカーに
ロシアからの密輸ピストルを入れ、
全国各地の所轄警察署に連絡する。
これで「ピストル摘発」を完了した警察は、
本庁から褒賞金=税金を受け取り、それを裏金としてプールし、
飲食、ソープランドでの女性の買春費用に、警官は使用している。
もちろん警察組織とロシアン・マフィアは、
この裏金作りのために結託し、一体化している。
警察組織では、この裏金から、課長クラスになると
ボーナスが100万円程上乗せされ、
退職金では警察署長クラスで
3000万円もの大金の「上乗せ」が行われている。
公安警察では、単なる課長クラスで、
この裏金から毎年1000万円もの「支給」があり、
年収500万円程の家庭を持つ公安課長が、
「なぜか愛人をマンションに囲う」事が平然と行われている。
「公安課長になれば、裏金で愛人を囲える」
とウラヤミの念を持って警察官達の間で語られる、
これが日本の警察組織の実態である。
この裏金は、全て、ロシアン・マフィアと警察組織との
「結託・一体化」により産み出された、
不正な、税金の「ダマシ取り」である。
ロシアン・マフィアと一体化した、
この犯罪を行っていない警察署等、日本全国一ヶ所も無い。
日本の警察機構、街中にある交番1つ1つに至るまで、
ロシアン・マフィアによりその活動資金を
「押さえ込まれ」、乗っ取られると言う、
「静かなクーデター」が既に完成している。
この「静かなクーデター」の自衛隊内部での幕開けが、
守屋逮捕として始まった。
続報、守屋・元事務次官逮捕の深相
現在イラクに派兵されている米軍の過半の兵士達は、
米軍に所属していない。
民間傭兵企業からの「派遣社員」である。
派遣社員達は、派遣先の企業より、
当然、自分が所属する派遣元企業に忠誠を尽くす。
派遣先企業は、派遣が終われば、それで関係が「切れる」が、
派遣元の所属企業は、自分が兵士を職業とする限り、
「永久の付き合い」になる。
米軍における傭兵の急激な増加。
これは単なる軍隊の民営化ではない。
傭兵が米軍の過半を越え、多数となった段階で、
傭兵企業の経営者ロックフェラーが傭兵に対し、
米国と国連の主要機関の「乗っ取り」、
政府要人の「身柄確保」の指令を出す。
傭兵は、当然、米国には忠誠を誓わず、
傭兵企業の社長ロックフェラーに忠誠を誓う。
この無血クーデターにより、世界の覇者米国と国連機関の、
ロックフェラーによる「乗っ取り」が完成し、
ロックフェラーの世界帝国が出現する。
拙稿「FEMAによるクーデター計画」等で、既に、
このロックフェラー帝国建設計画について、
軍の内部計画文書等を明らかにし、また、
この帝国建設を目的とした合衆国大統領命令が
複数存在する事を明らかにしてきた。
現在、世界各国の軍隊内部で、傭兵を増員させ、
傭兵企業に軍隊の「指揮権を移行」させ、
国家から軍隊の指揮権を「事実上奪う」動きが急激に加速している真の理由は、
この世界規模でのクーデター計画にある。
議会制民主主義も、報道・表現の自由も、「これで死ぬ」。
このクーデター計画の設計者で、
ロックフェラーをボスとするズビクニュー・ブレジンスキー
(民主党大統領候補バラク・オバマの外交問題顧問)による、
「日本の軍隊を編成変えする必要がある」との「指示」により、
日本でも自衛隊の要職と指揮官(の顧問)等を、
民間傭兵企業からの「外人部隊」に「置き換える」
という、「強い要請」が来ている。
守屋等の防衛族からは、部下の自衛隊職員の
クビを切る事になるこの計画に対し、
単純な「雇用維持、現状維持」の観点から、
猛烈な抵抗が行われて来た。
その守屋の結末が、CIA=東京地検による逮捕である。
自衛隊の要職(の顧問)を、
ロシア軍出身の傭兵に「置き換える」理由は、
クーデター時に無感情に日本人を大量虐殺するには、
指揮官と殺害現場担当者の多数は、
「日本人に対して愛着が無く、スムーズに日本人虐殺が出来る」
外人部隊でなくては「ならない」。
外人傭兵部隊を使う理由は、ここにある。
既報のように、これらロシア人傭兵部隊は、
ロシアン・マフィア=マーク・リッチの部下達であるが、
ロシアン・マフィアは、現在、
日本の警察機構の「動脈」を完全に支配下に置いている。
日本の警察組織の機密(秘密)活動費用、公費を流用した飲食、
買春、給与、ボーナス、退職金の「不正な増額」は、
全てロシアン・マフィアからの「収益」に依存している。
ロシアン・マフィアが、駅のコインロッカーに
ロシアからの密輸ピストルを入れ、
全国各地の所轄警察署に連絡する。
これで「ピストル摘発」を完了した警察は、
本庁から褒賞金=税金を受け取り、それを裏金としてプールし、
飲食、ソープランドでの女性の買春費用に、警官は使用している。
もちろん警察組織とロシアン・マフィアは、
この裏金作りのために結託し、一体化している。
警察組織では、この裏金から、課長クラスになると
ボーナスが100万円程上乗せされ、
退職金では警察署長クラスで
3000万円もの大金の「上乗せ」が行われている。
公安警察では、単なる課長クラスで、
この裏金から毎年1000万円もの「支給」があり、
年収500万円程の家庭を持つ公安課長が、
「なぜか愛人をマンションに囲う」事が平然と行われている。
「公安課長になれば、裏金で愛人を囲える」
とウラヤミの念を持って警察官達の間で語られる、
これが日本の警察組織の実態である。
この裏金は、全て、ロシアン・マフィアと警察組織との
「結託・一体化」により産み出された、
不正な、税金の「ダマシ取り」である。
ロシアン・マフィアと一体化した、
この犯罪を行っていない警察署等、日本全国一ヶ所も無い。
日本の警察機構、街中にある交番1つ1つに至るまで、
ロシアン・マフィアによりその活動資金を
「押さえ込まれ」、乗っ取られると言う、
「静かなクーデター」が既に完成している。
この「静かなクーデター」の自衛隊内部での幕開けが、
守屋逮捕として始まった。
2008.02.26 (Tue)
金融パニック後の世界
2007年03月07日
オルタナティブ通信より転載
金融パニック後の世界
米国政府は、既にその膨大な借金から政府が破綻し、
金融市場で通貨、株式、債券の暴落、
金融恐慌が起こる事を「予定」し、
「クラッシュ・プログラム」という対策プランを作っている。
恐慌により企業は活動を停止
(お金を稼いでもお金そのものが紙クズ)し、
食料と石油の流通が止まる。
食料と石油を求め市民が暴動を起こす。
警察官の一部も食料と石油の無い自分の家族を
救う事を優先し、出勤して来なくなる。
警察機能は麻痺し、全米は無法の犯罪地帯になる。
政府は戒厳令を敷き、州兵による治安維持に出る。
州兵だけでは広い国土を守り切れないため、
既に州と契約しているロシア軍人の傭兵が動員される。
州兵よりも圧倒的に数の多いロシア傭兵は、
ブラウンルート社等のブッシュ大統領一族の経営する
傭兵会社経由で米国に駐在しているが、
その指揮権はロシア・マフィアにある。
全米はロシア・マフィアの管理下に入る。
この州兵とロシア・マフィアの活動のための
食料とガソリンの備蓄は、全米で既に完了している。
議会は活動を停止され、
FEMA危機管理庁の関連法により、
大統領の権限も停止される。
FEMAが既に完成させている市民の個人情報リストにより、
政府に批判的な人物は
ロシア傭兵により連行され強制収容所に入る。
恐慌が終息しても、米国はかつての議会制民主主義には戻らない。
米国はFEMAとロシア・マフィアによる
超中央集権国家に生まれ変わる。
強制収容所の「囚人」は、既に完成しているリストに基づき
終身刑と死刑に分けられる。
裁判は無い。
全米に既に建設を終わっている多数の強制収容所には、
毒ガスによる死刑執行を行うガス室と、
死体焼却所が必ず隣接して建造されている。
民主主義を求めたり、
連行された人達の人権を話題にする人達はいない。
話題にすれば自分も強制収容所に送られるからだ。
毎日楽しい番組がテレビで放送され始め、
映画やギャンブル等娯楽産業と
わずかな麻薬と酒の利用が許可される。
企業も活動を再開し雇用もあり、
食料もガソリンも行き渡り始める。
一応、娯楽もある「家畜」としては、
それなりに幸せな日々が復活する。
しかし、市民の軍による密かな連行は続き、
現在の世界人口80億人が
10億人という「適正規模」になるまで、
70億の人間が裁判無しで処刑され、焼却される。
これでアル・ゴアの言う地球温暖化問題は解決される。
人類の圧倒的多数を殺害して焼却するという、
ロシア・マフィアと結んで
石油密輸を行ってきたアル・ゴアの目的は完了する。
現在、FEMAはロックフェラーの資金で運営されている。
金融恐慌以降の米国政府のこの計画に気付いた市民達が、
現在全米各地で食料と石油、武器の備蓄を開始し、
それに気付いた政府、米軍と市民の間で銃撃戦が始まっている。
米軍は食料や石油の備蓄を市民が行ってはならない等という法律は
存在しないにも関わらず、
何故備蓄する市民を「裁判」なしで突然襲い、
銃撃戦の末「全員殺害」しているのか?
これは2007年現在、実際に起こっている事である。
市民に対する政府の大量殺戮、
人口減少政策は既に始まっている。
米国市民は抵抗を始めている。
日本の市民は何をやっているのか?
オルタナティブ通信より転載
金融パニック後の世界
米国政府は、既にその膨大な借金から政府が破綻し、
金融市場で通貨、株式、債券の暴落、
金融恐慌が起こる事を「予定」し、
「クラッシュ・プログラム」という対策プランを作っている。
恐慌により企業は活動を停止
(お金を稼いでもお金そのものが紙クズ)し、
食料と石油の流通が止まる。
食料と石油を求め市民が暴動を起こす。
警察官の一部も食料と石油の無い自分の家族を
救う事を優先し、出勤して来なくなる。
警察機能は麻痺し、全米は無法の犯罪地帯になる。
政府は戒厳令を敷き、州兵による治安維持に出る。
州兵だけでは広い国土を守り切れないため、
既に州と契約しているロシア軍人の傭兵が動員される。
州兵よりも圧倒的に数の多いロシア傭兵は、
ブラウンルート社等のブッシュ大統領一族の経営する
傭兵会社経由で米国に駐在しているが、
その指揮権はロシア・マフィアにある。
全米はロシア・マフィアの管理下に入る。
この州兵とロシア・マフィアの活動のための
食料とガソリンの備蓄は、全米で既に完了している。
議会は活動を停止され、
FEMA危機管理庁の関連法により、
大統領の権限も停止される。
FEMAが既に完成させている市民の個人情報リストにより、
政府に批判的な人物は
ロシア傭兵により連行され強制収容所に入る。
恐慌が終息しても、米国はかつての議会制民主主義には戻らない。
米国はFEMAとロシア・マフィアによる
超中央集権国家に生まれ変わる。
強制収容所の「囚人」は、既に完成しているリストに基づき
終身刑と死刑に分けられる。
裁判は無い。
全米に既に建設を終わっている多数の強制収容所には、
毒ガスによる死刑執行を行うガス室と、
死体焼却所が必ず隣接して建造されている。
民主主義を求めたり、
連行された人達の人権を話題にする人達はいない。
話題にすれば自分も強制収容所に送られるからだ。
毎日楽しい番組がテレビで放送され始め、
映画やギャンブル等娯楽産業と
わずかな麻薬と酒の利用が許可される。
企業も活動を再開し雇用もあり、
食料もガソリンも行き渡り始める。
一応、娯楽もある「家畜」としては、
それなりに幸せな日々が復活する。
しかし、市民の軍による密かな連行は続き、
現在の世界人口80億人が
10億人という「適正規模」になるまで、
70億の人間が裁判無しで処刑され、焼却される。
これでアル・ゴアの言う地球温暖化問題は解決される。
人類の圧倒的多数を殺害して焼却するという、
ロシア・マフィアと結んで
石油密輸を行ってきたアル・ゴアの目的は完了する。
現在、FEMAはロックフェラーの資金で運営されている。
金融恐慌以降の米国政府のこの計画に気付いた市民達が、
現在全米各地で食料と石油、武器の備蓄を開始し、
それに気付いた政府、米軍と市民の間で銃撃戦が始まっている。
米軍は食料や石油の備蓄を市民が行ってはならない等という法律は
存在しないにも関わらず、
何故備蓄する市民を「裁判」なしで突然襲い、
銃撃戦の末「全員殺害」しているのか?
これは2007年現在、実際に起こっている事である。
市民に対する政府の大量殺戮、
人口減少政策は既に始まっている。
米国市民は抵抗を始めている。
日本の市民は何をやっているのか?
2008.02.26 (Tue)
米国を包囲する傭兵300万人の意味するもの
http://alternativereport1.seesaa.net/archives/200610-1.html
より転載
「米国を包囲する傭兵300万人の意味するもの」
(1)
1924年〜1972年まで長期に渡りFBI長官を勤めたエドガー・フーバーは、
「セキュリティー・ポートフォリオ」という計画を立てていた。
それは、FBIが「危険」と見なした市民から「裁判を受ける権利」を剥奪し、
裁判を経ずに強制収容所に入れる計画であった。
フーバーの死去に際し、米陸軍資源管理部長官は、
既に米国内に、「裁判を経ずに」2万人が収容されている
強制収容所がある事を認める発言を行っている。
9・11以降、米国内ではアラブ系米国人が
次々と「当局」に連れ去られ、突然姿を消している。
知人達が必死に行方を探しているがどこに行ったのか分からず、
その行方不明者数は膨大になっている。
米国内にフーバーの計画した「法律手続きによらない」
強制収容所があると考えざるを得ない。
(2)
1975年12月、米国連邦議会上院決議、第21号・・
「裁判所の許可なしに市民を集団で一斉に
逮捕出来る権限を司法長官が持つものとする。」
(4)
1983年、議会を通過した「防衛産業再生法」「災害救助法」・・
生産手段の政府による没収権。
市民への強制労働命令権。
市民への集団移住命令権。(強制収容所への集団移住?)
国境封鎖、移動の自由制限。
輸出入の停止。
物資の市民からの強制調達権。
報道の監視、検閲、停止命令権。
裁判所の「令状なしで」捜査、逮捕、拘留する権利をFBI、警察が持つ。
(4)
1990年8月2日、父ブッシュの出した合衆国大統領令第12722号・第12723号・・
憲法の停止。
法律に基づかない捜査の許可。
市民の裁判を受ける権利の停止。
裁判抜きでの逮捕、拘留権。
戒厳令発令権。
(5)
1991年、オクラホマ州議会決議、州法HB1750・・
全ての市民はボールペン1本に到るまで
全ての所持品を政府に申告しなければならない。
この法律は州で実験し、やがて国家レベルで導入する予定である。
(6)
FEMA連邦緊急事態管理庁・・
創立者のネオコン派政治家ズビグニュー・ブレジンスキーは、
「少数の人間で圧倒的多数の市民を管理するためにFEMAが必要」
とFEMAを規定。・・
FEMAは災害救助組織ではなかった?
(7)
1992年、フロリダ州ハリケーン・アンドリュー。
死者公式発表26名。
しかし、現在まで「姿を消している市民が5280名」
FEMAは「内臓の使用出来そうな脳死状態の遺体」と
「あらかじめリストアップしてあった市民」多数を顔写真で照合し、
ケガ人でもなく無傷であるにも関わらず、銃で脅し連れ去った。
骨折等のケガ人を放置し、
死体と無傷の人間(リストアップしてあった)を運ぶFEMAに対し抗議したケガ人は、
FEMAによりその場で射殺され、その死体も持ち去られた。
持ち去られた遺体(内臓)はどのような人体実験に使われているのか?
連れ去られた市民はどうなったのか?
FEMAの創立者ブレジンスキーには、
「人間の脳に電極棒を差し込み電流を流す事で、
脳を外部からコントロールするロボット人間を創るべきだ」という、
ロボトミー手術による「従順な市民作り」を奨励した著書がある。
(8)
カリフォルニア州オークランドで、ある日突然、
海兵隊が大挙して街に押し寄せ、道路を完全封鎖、
官公庁閉鎖、警察官を拘留、商店街の商品強制徴用、市民の自宅軟禁等、
完全に一つの市を軍隊の管理下に置く都市封鎖とクーデター演習が行われた。
同様の演習がモントレー、テキサス州サン・アントニオ、
ノースカロライナ州スワンボロで行われ、
市民が驚愕する事態となっている。
演習を指揮しているのは、バージニア州クワンティコの海兵隊戦闘研究所である。
米軍と米国政府は、既に「市民の生命と財産を守る」のではなく、
「市民を管理、軟禁」する組織に姿を変えてしまった。
一体、米軍と米国・・世界はどこに向かおうとしているのか?
イラク駐留米軍の70%を占める傭兵。
ある日、財政赤字に苦しむ米国政府より、
より良い条件で金の有り余っているロックフェラーの
スタンダード・オイルが傭兵の契約を全て米国から奪う。
かつてスペインの無敵艦隊を米国が破り、
アメリカ独立戦争で英国を米国が破り、
世界の指導者の立場を米国が手に入れたように、
ここで何故わざわざ米軍が正規軍を縮小し
傭兵を軍の主流にしなければナラナカッタのか、
の深慮遠謀の理由が明らかとなる。
多国籍企業は「国家の枠」に縛られず自由にビジネスを行いたい。
多国籍企業は宣言する・・
「貿易自由化、金融自由化、世界を単一の通貨と軍隊、唯一の政府で管理する。
各国政府は唯一の世界中央政府の地方支部として、
その組織の在り方は中央政府の縮小コピーとする」・・
「通貨統合と既存の国家主権の縮小・放棄」・・
EU統合と通貨ユーロの実験の目的が初めて明らかとなる。
貿易の自由化を強く要求する米国の「年次改革要望書」が
毎年日本政府に突き付けられ、小泉元総理がその要望通りに
郵政民営化(金融自由化)を行い、
安倍政権が米国のコピーの国家安全保障会議を
政権運営の要にした意味が、初めて明らかになる。
近代国民国家(ネイション・ステイツ)は300年前、
人間が人為的に作り出したものである。
人間が作った物である以上、
人間が人為的に国家を壊す時期は当然やってくる。
国家が消滅すれば、当然国家が国民に恩恵として与えた基本的人権・・
表現の自由、裁判を受ける権利、
最低限の生活をする権利等々は全て保障が無くなる。
実体が無くなり形だけが残った国家は、
私利私欲だけの多国籍企業の代理人となり、
隅々まで徹底的に1人1人の人間を管理する
強硬な「多国籍企業の管理人」になる。
日の丸・君が代の強制、共謀罪新設が第二次大戦中への
逆戻りでなど無かった事が明らかとなる。
植民地獲得のため、国家同士で争われた第二次大戦。
今回は、全ての国家を「廃絶」し、
隷属させるための多国籍企業・世界中央政府と各国家との戦争だった。
既に「国家」は、実体としては「多国籍企業の従順な番人」として、
上記のような「市民を支配、管理、軟禁」する軍事演習、
法の整備(日本では共謀罪等)、さらに国軍の私兵化を着々と行い、
国家から多国籍企業への「統治権」の移行の準備を行い、
多国籍企業もまた国軍を超える膨大な数の
傭兵(北米300万人)を準備し始めている。
ある日突然、多国籍企業の傭兵が、
既存の国家機関をクーデターで乗っ取り始める。
北米政府の諸機関、国連機関を多国籍企業政府が徴収、流用するため、
北米に駐留していた300万人の傭兵が
一気に各北米政府、官公庁、交通機関、マスコミを制圧する。
あらかじめリストアップしてあった抵抗しそうな市民は
即座に射殺、または拘留される。
裁判を受ける権利等もはや無い。
より転載
「米国を包囲する傭兵300万人の意味するもの」
(1)
1924年〜1972年まで長期に渡りFBI長官を勤めたエドガー・フーバーは、
「セキュリティー・ポートフォリオ」という計画を立てていた。
それは、FBIが「危険」と見なした市民から「裁判を受ける権利」を剥奪し、
裁判を経ずに強制収容所に入れる計画であった。
フーバーの死去に際し、米陸軍資源管理部長官は、
既に米国内に、「裁判を経ずに」2万人が収容されている
強制収容所がある事を認める発言を行っている。
9・11以降、米国内ではアラブ系米国人が
次々と「当局」に連れ去られ、突然姿を消している。
知人達が必死に行方を探しているがどこに行ったのか分からず、
その行方不明者数は膨大になっている。
米国内にフーバーの計画した「法律手続きによらない」
強制収容所があると考えざるを得ない。
(2)
1975年12月、米国連邦議会上院決議、第21号・・
「裁判所の許可なしに市民を集団で一斉に
逮捕出来る権限を司法長官が持つものとする。」
(4)
1983年、議会を通過した「防衛産業再生法」「災害救助法」・・
生産手段の政府による没収権。
市民への強制労働命令権。
市民への集団移住命令権。(強制収容所への集団移住?)
国境封鎖、移動の自由制限。
輸出入の停止。
物資の市民からの強制調達権。
報道の監視、検閲、停止命令権。
裁判所の「令状なしで」捜査、逮捕、拘留する権利をFBI、警察が持つ。
(4)
1990年8月2日、父ブッシュの出した合衆国大統領令第12722号・第12723号・・
憲法の停止。
法律に基づかない捜査の許可。
市民の裁判を受ける権利の停止。
裁判抜きでの逮捕、拘留権。
戒厳令発令権。
(5)
1991年、オクラホマ州議会決議、州法HB1750・・
全ての市民はボールペン1本に到るまで
全ての所持品を政府に申告しなければならない。
この法律は州で実験し、やがて国家レベルで導入する予定である。
(6)
FEMA連邦緊急事態管理庁・・
創立者のネオコン派政治家ズビグニュー・ブレジンスキーは、
「少数の人間で圧倒的多数の市民を管理するためにFEMAが必要」
とFEMAを規定。・・
FEMAは災害救助組織ではなかった?
(7)
1992年、フロリダ州ハリケーン・アンドリュー。
死者公式発表26名。
しかし、現在まで「姿を消している市民が5280名」
FEMAは「内臓の使用出来そうな脳死状態の遺体」と
「あらかじめリストアップしてあった市民」多数を顔写真で照合し、
ケガ人でもなく無傷であるにも関わらず、銃で脅し連れ去った。
骨折等のケガ人を放置し、
死体と無傷の人間(リストアップしてあった)を運ぶFEMAに対し抗議したケガ人は、
FEMAによりその場で射殺され、その死体も持ち去られた。
持ち去られた遺体(内臓)はどのような人体実験に使われているのか?
連れ去られた市民はどうなったのか?
FEMAの創立者ブレジンスキーには、
「人間の脳に電極棒を差し込み電流を流す事で、
脳を外部からコントロールするロボット人間を創るべきだ」という、
ロボトミー手術による「従順な市民作り」を奨励した著書がある。
(8)
カリフォルニア州オークランドで、ある日突然、
海兵隊が大挙して街に押し寄せ、道路を完全封鎖、
官公庁閉鎖、警察官を拘留、商店街の商品強制徴用、市民の自宅軟禁等、
完全に一つの市を軍隊の管理下に置く都市封鎖とクーデター演習が行われた。
同様の演習がモントレー、テキサス州サン・アントニオ、
ノースカロライナ州スワンボロで行われ、
市民が驚愕する事態となっている。
演習を指揮しているのは、バージニア州クワンティコの海兵隊戦闘研究所である。
米軍と米国政府は、既に「市民の生命と財産を守る」のではなく、
「市民を管理、軟禁」する組織に姿を変えてしまった。
一体、米軍と米国・・世界はどこに向かおうとしているのか?
イラク駐留米軍の70%を占める傭兵。
ある日、財政赤字に苦しむ米国政府より、
より良い条件で金の有り余っているロックフェラーの
スタンダード・オイルが傭兵の契約を全て米国から奪う。
かつてスペインの無敵艦隊を米国が破り、
アメリカ独立戦争で英国を米国が破り、
世界の指導者の立場を米国が手に入れたように、
ここで何故わざわざ米軍が正規軍を縮小し
傭兵を軍の主流にしなければナラナカッタのか、
の深慮遠謀の理由が明らかとなる。
多国籍企業は「国家の枠」に縛られず自由にビジネスを行いたい。
多国籍企業は宣言する・・
「貿易自由化、金融自由化、世界を単一の通貨と軍隊、唯一の政府で管理する。
各国政府は唯一の世界中央政府の地方支部として、
その組織の在り方は中央政府の縮小コピーとする」・・
「通貨統合と既存の国家主権の縮小・放棄」・・
EU統合と通貨ユーロの実験の目的が初めて明らかとなる。
貿易の自由化を強く要求する米国の「年次改革要望書」が
毎年日本政府に突き付けられ、小泉元総理がその要望通りに
郵政民営化(金融自由化)を行い、
安倍政権が米国のコピーの国家安全保障会議を
政権運営の要にした意味が、初めて明らかになる。
近代国民国家(ネイション・ステイツ)は300年前、
人間が人為的に作り出したものである。
人間が作った物である以上、
人間が人為的に国家を壊す時期は当然やってくる。
国家が消滅すれば、当然国家が国民に恩恵として与えた基本的人権・・
表現の自由、裁判を受ける権利、
最低限の生活をする権利等々は全て保障が無くなる。
実体が無くなり形だけが残った国家は、
私利私欲だけの多国籍企業の代理人となり、
隅々まで徹底的に1人1人の人間を管理する
強硬な「多国籍企業の管理人」になる。
日の丸・君が代の強制、共謀罪新設が第二次大戦中への
逆戻りでなど無かった事が明らかとなる。
植民地獲得のため、国家同士で争われた第二次大戦。
今回は、全ての国家を「廃絶」し、
隷属させるための多国籍企業・世界中央政府と各国家との戦争だった。
既に「国家」は、実体としては「多国籍企業の従順な番人」として、
上記のような「市民を支配、管理、軟禁」する軍事演習、
法の整備(日本では共謀罪等)、さらに国軍の私兵化を着々と行い、
国家から多国籍企業への「統治権」の移行の準備を行い、
多国籍企業もまた国軍を超える膨大な数の
傭兵(北米300万人)を準備し始めている。
ある日突然、多国籍企業の傭兵が、
既存の国家機関をクーデターで乗っ取り始める。
北米政府の諸機関、国連機関を多国籍企業政府が徴収、流用するため、
北米に駐留していた300万人の傭兵が
一気に各北米政府、官公庁、交通機関、マスコミを制圧する。
あらかじめリストアップしてあった抵抗しそうな市民は
即座に射殺、または拘留される。
裁判を受ける権利等もはや無い。
2008.02.26 (Tue)
アメリカの“秘密基地”
http://idaten2.com/meikyu/a014.html
より転載
外国軍隊はアメリカの“秘密基地”に隠されている
現在30万人くらいの外国軍隊がアメリカにいるという話をよく聞く。
この数字は誇張されたもので、それを裏付ける証拠はない。
30万人と想定される外国の軍隊が
2万人のグループに分けられるとするなら、
合衆国内の15ヶ所に分散して隠されていることになるが、
それはまったく不可能だ。
だが、それはある程度の外国軍隊が、
合衆国内の基地かどこかに分散していることを否定するものではない。
合衆国軍隊の秘密基地が実際にあり、
そのうちのいくつかは最高度の機密性を持つものだ。
だが今日では、だれも障壁の内側の秘密を
完全に漏らさないでおける能力はない。
●秘密は必ず漏れる
その良い例は、ワシントンから発行されている
ポピュリストのウイークリー紙を、
93年6月から熟読すればよくわかることである。
そこでは、長い間完全に秘密にしておけるものがないことは明白だ。
漏れは必ず起きる。
30万人ではなく、2万人の軍隊を収容するためのバラックや、
他の施設を含む膨大な面積をしばし思い浮かべるかもしれない。
大掛かりな外側のサポートが必要だし、最後には知られてしまうだろう。
アメリカに数十ヶ所ある軍基地で勤務している
合衆国サービス職員および民間職員は、基地を囲む民間の人口の中に、
基地から離れて住んでいる。
サービス職員の妻は定期的に基地の売店にショッピングに来るし、
サービス職員自身も将校クラブで会ってお互いに話をする。
こうした基地の社交により、2万人の外国軍隊を
隠すことがどんなに難しいか考えてみよう。
たくさんの軍隊を隠すことが難しいということの古典的な例は、
テキサス州のフォートブリスでわかるとおりだ。
そこでは、1500人のドイツの部隊が現在駐留しており、
多くは家族を伴ってきている。
彼らを隠す方法などありはしない。
もし30万の部隊がアメリカ内に隠されているのなら、
第二次大戦中に原爆を開発するために行われた
マンハッタン計画以上に厳密な秘密保持が必要だ。
周知のとおり、マンハッタン計画は完全に秘密ではなかった。
ソビエトは超秘密計画をすべて把握していたのだ。
どれだけの数の外国部隊が、アメリカに駐留しているというのだろう。
数千人がアメリカ各地に散らばっているというのが、
妥当なところではないだろうか。
ただ、間違えないでほしいのは、この数千人の中には、
93年4月末に上院軍事委員会議長のサム・ナン上院議員が
ロシアへの官費旅行の最中に公式招待した、
ずっと前からここにいるロシア部隊が含まれることだ。
サム・ナンは、あきれたことに、
ロシア軍がアメリカの人民に歓迎されるだろうと述べている。
これは扱いにくい問題なのだ。
●ロシア軍の実態
ここで、アメリカにいるロシア軍の例を示してみよう。
ペンタゴンは認めることはないだろうが、確かにロシア軍は存在する。
たぶん会社形態を取り、ロシア製の車両その他の装備により、
ミシシッピのデソト国立森林公園で
アメリカの精鋭部隊と共に訓練を行っているのである。
最近、ロシアのベアー爆撃機が、給油機を伴って
ルイジアナ州のバークスデール空軍基地に30人を乗せてやってきた。
彼らは、そこに駐留している第二爆撃師団の施設への
トップシークレットの旅行をしたのだ。
この施設は、アメリカ最新の核兵器を装備した B-52 重爆撃機の師団である。
彼らはロシアへ8月28日金曜日に帰還し、
モスクワ近くのリャザン航空基地に着陸した。
ボブ・スタンプ下院議員(共和党、アリゾナ州)によれば、
「1994年3月の間、約50人のロシア人兵士と支援人員が、
合衆国兵士およびカナダ兵士と共に、
アラスカでの捜索と救出訓練に参加した」という。
8月14日からの1週間、モスクワのミコヤン設計事務所の
テストパイロットが
チェサピーク湾のハイシークレットの
パトクセント川(メリーランド州)空軍基地にいた。
この設計事務所は、朝鮮戦争の前にロシアのジェット戦闘機である
ミグのラインを設計した事務所である。
この基地への訪問は、ロシア航空界の華であるロシア人パイロットを、
実際に合衆国 F-18 海軍キャリアジェット、
最新鋭合衆国海軍戦闘機で飛ばすためであった。
サンフランシスコやラスベガスを含めた合衆国内の様々な場所で、
ロシア警察が高度で専門的な合衆国警察SWATチームと訓練を行った。
一般に知られていないことだが、
ロシア警察は、実際は軍組織、国の民兵で、
ロシア軍と防衛組織の複合体だ。
これらは例の一部である。他の例もある。
●どうしてロシアが存在するのか?
問題は、何人が現在アメリカにいるのかではなく、
彼らがここにいて何をすることを許されているかということだ。
例として、バルクスデールとパトクセントの秘密は、
アメリカ人民によって維持されているが、
ほんの数年前にはアメリカがもっとも恐れた敵であった
外国のパワーの高度な技術を持つ人によって、
裸にされているのだ。
次に、疑いもなく、ロシア人は、
今まで見たりコピーしたことがない最新の合衆国航空技術を、
アメリカの防衛メーカーから買うことを許されるということだ。
カンザス・シティでの目撃例
●輸送されるソ連製軍用兵器
98年2月の第2週のある夜遅く、カンザス・シティの住人が、
午後10時以降には通常列車が通ることのない鉄道線路を、
列車がゆっくり動いているのに気付いた。
不思議に思い、彼は、防水シートが掛けられている
農業器材と思われるものを積んでいる、
平台型貨車が連結されている長い列車に近付いていった。
すると、防水シートの一枚が少し吹き飛ばされて、
その中身がソビエト製 ZSU-23-4 対空砲撃車であることが、
陸軍に9年間務めていて経験豊富な
対戦車砲撃手の眼の前に明らかになったのである。
警戒しながらも、彼はさらに近づいて車両を見てみた。
彼がそのような機械を「BRDM、BMP、
それより多い ZSU と、少なくとも40のアウトラインを持つ T-72 であった」
と説明するのを、陸軍の兵役経験者が聞いたなら、
彼が何を目撃したかが分かるだろう。
T-72 戦車は、当人に大変な衝撃を与えた。
彼はこう言った。
「(近付いて見る前に)すでに通り過ぎたものは数えなかったのですが
私が目撃した戦車は、数えてみるとおよそ100台ありました。
あれは長い列車でした。
列車の後尾には10両の有蓋貨車がつながっていて、
そのうちの二つの車両は中に明かりがついていました。」
その列車は、カンザス方面に向かう西部車線を走っていた。
「私は、実際に以上のことを目の当たりにしました。直に見たのです。」
と、その目撃者は書き記している。
民衆には何の説明もされずに、鉄道や道路で、
軍用兵器が国中のあちらこちらへ相変わらず輸送されているのである。
より転載
外国軍隊はアメリカの“秘密基地”に隠されている
現在30万人くらいの外国軍隊がアメリカにいるという話をよく聞く。
この数字は誇張されたもので、それを裏付ける証拠はない。
30万人と想定される外国の軍隊が
2万人のグループに分けられるとするなら、
合衆国内の15ヶ所に分散して隠されていることになるが、
それはまったく不可能だ。
だが、それはある程度の外国軍隊が、
合衆国内の基地かどこかに分散していることを否定するものではない。
合衆国軍隊の秘密基地が実際にあり、
そのうちのいくつかは最高度の機密性を持つものだ。
だが今日では、だれも障壁の内側の秘密を
完全に漏らさないでおける能力はない。
●秘密は必ず漏れる
その良い例は、ワシントンから発行されている
ポピュリストのウイークリー紙を、
93年6月から熟読すればよくわかることである。
そこでは、長い間完全に秘密にしておけるものがないことは明白だ。
漏れは必ず起きる。
30万人ではなく、2万人の軍隊を収容するためのバラックや、
他の施設を含む膨大な面積をしばし思い浮かべるかもしれない。
大掛かりな外側のサポートが必要だし、最後には知られてしまうだろう。
アメリカに数十ヶ所ある軍基地で勤務している
合衆国サービス職員および民間職員は、基地を囲む民間の人口の中に、
基地から離れて住んでいる。
サービス職員の妻は定期的に基地の売店にショッピングに来るし、
サービス職員自身も将校クラブで会ってお互いに話をする。
こうした基地の社交により、2万人の外国軍隊を
隠すことがどんなに難しいか考えてみよう。
たくさんの軍隊を隠すことが難しいということの古典的な例は、
テキサス州のフォートブリスでわかるとおりだ。
そこでは、1500人のドイツの部隊が現在駐留しており、
多くは家族を伴ってきている。
彼らを隠す方法などありはしない。
もし30万の部隊がアメリカ内に隠されているのなら、
第二次大戦中に原爆を開発するために行われた
マンハッタン計画以上に厳密な秘密保持が必要だ。
周知のとおり、マンハッタン計画は完全に秘密ではなかった。
ソビエトは超秘密計画をすべて把握していたのだ。
どれだけの数の外国部隊が、アメリカに駐留しているというのだろう。
数千人がアメリカ各地に散らばっているというのが、
妥当なところではないだろうか。
ただ、間違えないでほしいのは、この数千人の中には、
93年4月末に上院軍事委員会議長のサム・ナン上院議員が
ロシアへの官費旅行の最中に公式招待した、
ずっと前からここにいるロシア部隊が含まれることだ。
サム・ナンは、あきれたことに、
ロシア軍がアメリカの人民に歓迎されるだろうと述べている。
これは扱いにくい問題なのだ。
●ロシア軍の実態
ここで、アメリカにいるロシア軍の例を示してみよう。
ペンタゴンは認めることはないだろうが、確かにロシア軍は存在する。
たぶん会社形態を取り、ロシア製の車両その他の装備により、
ミシシッピのデソト国立森林公園で
アメリカの精鋭部隊と共に訓練を行っているのである。
最近、ロシアのベアー爆撃機が、給油機を伴って
ルイジアナ州のバークスデール空軍基地に30人を乗せてやってきた。
彼らは、そこに駐留している第二爆撃師団の施設への
トップシークレットの旅行をしたのだ。
この施設は、アメリカ最新の核兵器を装備した B-52 重爆撃機の師団である。
彼らはロシアへ8月28日金曜日に帰還し、
モスクワ近くのリャザン航空基地に着陸した。
ボブ・スタンプ下院議員(共和党、アリゾナ州)によれば、
「1994年3月の間、約50人のロシア人兵士と支援人員が、
合衆国兵士およびカナダ兵士と共に、
アラスカでの捜索と救出訓練に参加した」という。
8月14日からの1週間、モスクワのミコヤン設計事務所の
テストパイロットが
チェサピーク湾のハイシークレットの
パトクセント川(メリーランド州)空軍基地にいた。
この設計事務所は、朝鮮戦争の前にロシアのジェット戦闘機である
ミグのラインを設計した事務所である。
この基地への訪問は、ロシア航空界の華であるロシア人パイロットを、
実際に合衆国 F-18 海軍キャリアジェット、
最新鋭合衆国海軍戦闘機で飛ばすためであった。
サンフランシスコやラスベガスを含めた合衆国内の様々な場所で、
ロシア警察が高度で専門的な合衆国警察SWATチームと訓練を行った。
一般に知られていないことだが、
ロシア警察は、実際は軍組織、国の民兵で、
ロシア軍と防衛組織の複合体だ。
これらは例の一部である。他の例もある。
●どうしてロシアが存在するのか?
問題は、何人が現在アメリカにいるのかではなく、
彼らがここにいて何をすることを許されているかということだ。
例として、バルクスデールとパトクセントの秘密は、
アメリカ人民によって維持されているが、
ほんの数年前にはアメリカがもっとも恐れた敵であった
外国のパワーの高度な技術を持つ人によって、
裸にされているのだ。
次に、疑いもなく、ロシア人は、
今まで見たりコピーしたことがない最新の合衆国航空技術を、
アメリカの防衛メーカーから買うことを許されるということだ。
カンザス・シティでの目撃例
●輸送されるソ連製軍用兵器
98年2月の第2週のある夜遅く、カンザス・シティの住人が、
午後10時以降には通常列車が通ることのない鉄道線路を、
列車がゆっくり動いているのに気付いた。
不思議に思い、彼は、防水シートが掛けられている
農業器材と思われるものを積んでいる、
平台型貨車が連結されている長い列車に近付いていった。
すると、防水シートの一枚が少し吹き飛ばされて、
その中身がソビエト製 ZSU-23-4 対空砲撃車であることが、
陸軍に9年間務めていて経験豊富な
対戦車砲撃手の眼の前に明らかになったのである。
警戒しながらも、彼はさらに近づいて車両を見てみた。
彼がそのような機械を「BRDM、BMP、
それより多い ZSU と、少なくとも40のアウトラインを持つ T-72 であった」
と説明するのを、陸軍の兵役経験者が聞いたなら、
彼が何を目撃したかが分かるだろう。
T-72 戦車は、当人に大変な衝撃を与えた。
彼はこう言った。
「(近付いて見る前に)すでに通り過ぎたものは数えなかったのですが
私が目撃した戦車は、数えてみるとおよそ100台ありました。
あれは長い列車でした。
列車の後尾には10両の有蓋貨車がつながっていて、
そのうちの二つの車両は中に明かりがついていました。」
その列車は、カンザス方面に向かう西部車線を走っていた。
「私は、実際に以上のことを目の当たりにしました。直に見たのです。」
と、その目撃者は書き記している。
民衆には何の説明もされずに、鉄道や道路で、
軍用兵器が国中のあちらこちらへ相変わらず輸送されているのである。
2008.02.26 (Tue)
ソビエト T-72 重戦車
http://idaten2.com/meikyu/a014.html
より転載
ミシシッピー州の田舎と西部の州からの話に続くのは、
ロシア陸軍の主力戦車であるソビエト T-72 重戦車の報告である。
この戦車が、様々な州を、主として民間の運送業者に
牽引されて通過したことが報告された。
その中に、テキサス州とフロリダ州での報告がある。
ここにも戦車、あそこにも戦車
テキサス州の場合、州の北西部にある
フォート・ストックトンの州間道路沿いのトラック停車場で、
2台の T-72 が目撃された。
完全に稼働している状態で、
1台は最近製造されたもののようだった。
フロリダ州の場合、州の北部の州間道路を平床型トレーラーに
載せられて牽引されている T-72 が目撃された。
戦車に通し番号を付けることによって、
合衆国にT-32 が最低でも30台あることが確認され、
写真に撮られたものの中で、最大の数字を持つものを“A30”とし、
最小の数字を持つものを“A09”とした。
この証拠が公開されると、
ペンタゴンからの報告を受けていた連邦議員たちが困惑して、
戦車は湾岸戦争の間にイラクから押収したものだと言ってきた。
有権者たちは、合衆国に運び込まれた戦車はわずかで、
戦闘での強度を確認するテストのためだと言われた。
これでは、「砂漠の嵐」作戦で、合衆国の陸海空軍が
ソビエト製のイラク戦車を何百台も破壊したのに、
そのようなテストがまだ必要であるかのように聞こえる。
これも奇妙なことだが、共産主義中国などの武装車両が、
湾岸戦争中にイラク軍によって配備されたという事実がある。
ソビエト製の軍用兵器ばかりか、この外国製の軍用兵器も、
イラクだけでなく世界中の国で売られているので、
疑問がわき起こる。
なぜ、合衆国軍は、イラク軍から押収された
これらの武装車の強度検査をすることに興味がないのだろうか。
今のところ、中国の戦車や他の武装車が
合衆国内にあるという報告はなされていない。
●謎のミサイル
ペンタゴンの説明がいまだにないものに、
ソビエト SA-8 ゲッコー地対空ミサイル発射台の目撃談がある。
これは、6個の発射管に使用可能なミサイルを完全装備しており、
夏に、ケンタッキー州ウィンチェスター近郊の州間道路を
牽引されているところを目撃され、写真に撮られたのだ。
イラク軍は、湾岸戦争のときゲッコー・ミサイル発射台を配備しなかった。
これは、戦争の報告書とイラク軍が使用した装置を
広範囲にわたって再調査した結果、判明したことである。
そして、全く説明されていないのは、
ソビエトのフロッグ地対地ミサイル発射台が、
ルイジアナ州で春に目撃されたことである。
この発射台は、牽引されてルイジアナ州を通過したのだが、
核弾頭を備えることのできるミサイルを完備しており、
今は亡きソ連の象徴であった赤い星のマークが付いていた。
イラク軍はソビエトのマークの付いた軍用兵器は持っていなかったのである。
ハインドDとヘリクス攻撃ヘリコプターが多数存在することの説明も難しい。
これらのヘリコプターは赤い星の記章を付けており、ほんの数週間前に、
ルイジアナ州のガルフポート、ミシシッピー州の上空の広い範囲、
そしてアリゾナ州のフェニックスの地上で目撃され、
写真に撮られたのである。
●「熊」が現れる
そして、数週間前に、ルイジアナ州のバークスデール空軍基地で、
ロシアの巨大な Tu-20 大陸間重爆撃機
(核爆弾か誘導巡航ミサイルのいずれかを運ぶことができる)と、
それに伴う、同程度の大きさのキャンディッドIL-76 空中給油機が目撃され、
写真に撮られたのを、
だれかの想像の産物だとか蜃気楼だと見なすことは不可能だ。
この二つの機体には、両方ともソビエト社会主義共和国連邦の
記章が付けられていたのは明らかで、
それが合衆国空軍基地にあったことの説明を、
だれもがいまだに待ち望んでいる。
更に説明されていないこととして、多くの報告によると、
今年のもっと早い時期にバークスデールに、
ロシアの重武装エリート軍隊の記章を付けた
キャンディッド空輸機が到着したことや、
T-72 戦車と他のロシア武装車を装備したロシア軍が、
デソト国有林内で、密かに野営し機動演習を行っているということがある。
評論家たちや疑い深い人たちは、
アメリカ中の情報源から集められた、
この意見の衝突を引き起こすような話が、
なぜ夕方のテレビニュースや他の国内新聞に登場しないのか、
不思議に思ったりもするだろう。
そして、中でも一番切実な疑問がある。
それは、何人かの軍事専門家が言うように、
ロシア軍の軍用兵器が事前に展開配備して、
多数のロシア軍が合衆国にやってくるのを
待っているのだろうかというものだ。
というのは、ビル・クリントン大統領政権と
サム・ナン上院議員(民主党、ジョージア州)などの政府有名人たちが、
ロシア軍を“訓練”のために合衆国に招き、
サム・ナンは最近、ロシア軍は
この地でアメリカ人に歓迎されるだろうと述べたからだ。
より転載
ミシシッピー州の田舎と西部の州からの話に続くのは、
ロシア陸軍の主力戦車であるソビエト T-72 重戦車の報告である。
この戦車が、様々な州を、主として民間の運送業者に
牽引されて通過したことが報告された。
その中に、テキサス州とフロリダ州での報告がある。
ここにも戦車、あそこにも戦車
テキサス州の場合、州の北西部にある
フォート・ストックトンの州間道路沿いのトラック停車場で、
2台の T-72 が目撃された。
完全に稼働している状態で、
1台は最近製造されたもののようだった。
フロリダ州の場合、州の北部の州間道路を平床型トレーラーに
載せられて牽引されている T-72 が目撃された。
戦車に通し番号を付けることによって、
合衆国にT-32 が最低でも30台あることが確認され、
写真に撮られたものの中で、最大の数字を持つものを“A30”とし、
最小の数字を持つものを“A09”とした。
この証拠が公開されると、
ペンタゴンからの報告を受けていた連邦議員たちが困惑して、
戦車は湾岸戦争の間にイラクから押収したものだと言ってきた。
有権者たちは、合衆国に運び込まれた戦車はわずかで、
戦闘での強度を確認するテストのためだと言われた。
これでは、「砂漠の嵐」作戦で、合衆国の陸海空軍が
ソビエト製のイラク戦車を何百台も破壊したのに、
そのようなテストがまだ必要であるかのように聞こえる。
これも奇妙なことだが、共産主義中国などの武装車両が、
湾岸戦争中にイラク軍によって配備されたという事実がある。
ソビエト製の軍用兵器ばかりか、この外国製の軍用兵器も、
イラクだけでなく世界中の国で売られているので、
疑問がわき起こる。
なぜ、合衆国軍は、イラク軍から押収された
これらの武装車の強度検査をすることに興味がないのだろうか。
今のところ、中国の戦車や他の武装車が
合衆国内にあるという報告はなされていない。
●謎のミサイル
ペンタゴンの説明がいまだにないものに、
ソビエト SA-8 ゲッコー地対空ミサイル発射台の目撃談がある。
これは、6個の発射管に使用可能なミサイルを完全装備しており、
夏に、ケンタッキー州ウィンチェスター近郊の州間道路を
牽引されているところを目撃され、写真に撮られたのだ。
イラク軍は、湾岸戦争のときゲッコー・ミサイル発射台を配備しなかった。
これは、戦争の報告書とイラク軍が使用した装置を
広範囲にわたって再調査した結果、判明したことである。
そして、全く説明されていないのは、
ソビエトのフロッグ地対地ミサイル発射台が、
ルイジアナ州で春に目撃されたことである。
この発射台は、牽引されてルイジアナ州を通過したのだが、
核弾頭を備えることのできるミサイルを完備しており、
今は亡きソ連の象徴であった赤い星のマークが付いていた。
イラク軍はソビエトのマークの付いた軍用兵器は持っていなかったのである。
ハインドDとヘリクス攻撃ヘリコプターが多数存在することの説明も難しい。
これらのヘリコプターは赤い星の記章を付けており、ほんの数週間前に、
ルイジアナ州のガルフポート、ミシシッピー州の上空の広い範囲、
そしてアリゾナ州のフェニックスの地上で目撃され、
写真に撮られたのである。
●「熊」が現れる
そして、数週間前に、ルイジアナ州のバークスデール空軍基地で、
ロシアの巨大な Tu-20 大陸間重爆撃機
(核爆弾か誘導巡航ミサイルのいずれかを運ぶことができる)と、
それに伴う、同程度の大きさのキャンディッドIL-76 空中給油機が目撃され、
写真に撮られたのを、
だれかの想像の産物だとか蜃気楼だと見なすことは不可能だ。
この二つの機体には、両方ともソビエト社会主義共和国連邦の
記章が付けられていたのは明らかで、
それが合衆国空軍基地にあったことの説明を、
だれもがいまだに待ち望んでいる。
更に説明されていないこととして、多くの報告によると、
今年のもっと早い時期にバークスデールに、
ロシアの重武装エリート軍隊の記章を付けた
キャンディッド空輸機が到着したことや、
T-72 戦車と他のロシア武装車を装備したロシア軍が、
デソト国有林内で、密かに野営し機動演習を行っているということがある。
評論家たちや疑い深い人たちは、
アメリカ中の情報源から集められた、
この意見の衝突を引き起こすような話が、
なぜ夕方のテレビニュースや他の国内新聞に登場しないのか、
不思議に思ったりもするだろう。
そして、中でも一番切実な疑問がある。
それは、何人かの軍事専門家が言うように、
ロシア軍の軍用兵器が事前に展開配備して、
多数のロシア軍が合衆国にやってくるのを
待っているのだろうかというものだ。
というのは、ビル・クリントン大統領政権と
サム・ナン上院議員(民主党、ジョージア州)などの政府有名人たちが、
ロシア軍を“訓練”のために合衆国に招き、
サム・ナンは最近、ロシア軍は
この地でアメリカ人に歓迎されるだろうと述べたからだ。
2008.02.26 (Tue)
ソビエトの軍用兵器がアメリカ全土に現れる
http://idaten2.com/meikyu/a014.html
より転載
アメリカ国内に駐留するロシア軍
ソビエトの軍用兵器がアメリカ全土に現れる
1994年の始まりと共に、国中のアメリカ人が
大量のロシア軍用兵器を、
そして例は少ないが、場合によっては、
数年前までは崩壊したソビエト社会主義帝国の一部だった諸国に
あった物を目にし始めた。
南ミシシッピにソーシエという小さな町がある。
州道49号沿いにガルフポートの北へ25マイルほど行ったところだ。
そのソーシエのすぐ南にある巨大な兵站施設に、
何百ものソビエト製のトラックがあるところが、
そのビデオテープと写真に収められていた。
環境保護庁の排気ガス排出基準を満たさないために、
合衆国の公道を走ることができるものが一つとしてない外国の車両で
満たされた平原を映したビデオテープと写真が公開された。
その後、アメリカの人々が撮った他の外国
(ソビエトよりも恐ろしい国であることがよくある)
の軍用兵器の実際の写真がいくつか公開された。
こうした軍用兵器は国内の様々な場所で目撃されたものだった。
こうした目撃例の中には、列車のすべての車両が
外国の車を満載しているものが含まれている。
これを目撃して写真に収めたのは、
モンタナとワイオミングとコロラドという西部の州に住む、
関心を持っているアメリカ人たちである。
この列車の目撃の場合、
これらの西部の州の市民たちは自分たちが選出した代議員たちに
電話と手紙を殺到させた。
その中の大部分には返答がなかったか、
国防省からのお茶を濁した返答をもらうかのどちらかだった。
そして、返答のなかった理由の多くは、
議員たちが返答を思いつくことができなかったためだ。
返答の一例を挙げると、
コンラッド・バーンズ上院議員(共和党、モンタナ州)は、
国防相から受け取った返事を有権者に送った。
その返事は、110台の平床型車両が
モンタナ州を通過したことは認めたものの、
目撃され写真に撮られた車
(ソビエト製のジープから武装した車や人員運搬車まであり、
白く塗られて、国連の記章があるものもあった)
はカナダから来たものだと述べていた。
国防省は、
カナダ軍は自国で訓練をするには「寒すぎる」ことに気付き、
それぞれに4台の武装車を乗せた車両も含む、
110台の鉄道平床車両と共に、
軍隊をカリフォルニア州の
キャンプ・ペンドルトンに移送したのだと主張した。
その場所の方がカナダより温暖だからで、
ボスニア派遣の準備のための訓練を行うことができるからだという。
大西洋から太平洋へ、合衆国の北の国境から
北極圏にまたがる巨大な国であるカナダは、
北極圏を含む広大な国土を守らなければならない
軍隊の訓練をするには寒すぎるというのだ。
この手紙が示唆していたのは、
サンフランシスコの南にあるキャンプ・ペンドルトンの周りの地域は、
ボスニアに似ているということだ。
ボスニアとは数年前までユーゴスラビアだった国から離脱した共和国だ。
怒ったモンタナ州民は、このような馬鹿げた話を受け入れなかった。
カナダ軍のスポークスマンは、
カナダ軍の現在の準備状況を考慮に入れた上で、
カナダ軍をすべて動員している間ですら、
武装車を満載した平床型車両を110台結集することは
カナダ軍には難しいだろうということをアッサリと認めたのである。
いずれにせよ、これらの初期の目撃談によって水門が開かれ、
そこからアメリカ中の新聞の編集局に他の報告が、事実上流れ込んだのだ。
一方、ミシシッピーの田舎にあるトラックの発着場からは、
そこに駐車された何百ものソビエト製のトラックの責任者たちがこう主張した。
トラックはドイツでの競りで購入されたもので、
崩壊したドイツ民主共和国(東ドイツ)のもので、
元合衆国空軍中佐が経営している、
エアマル・リソーシズという私企業が購入したものだという。
起業家として彼が以前に経験したものの中には、
“弾薬の輸出”による外国貿易があった。
ミシシッピー州のソーシエと、その近くのパスカグーラ、
更に、アイオワ州のスクラントンにある主要発着場が、
その特定された地点である。
トラックはそこで修理されてから、
世界中の「平和維持と人道的」目的のために、
国連に転売されることになっている。
その貨物引換証は、こうしたトラックが実際にはドイツから来たもので、
国連が使用するために購入されたものであることを証明している。
そして確かに、その中には救急車や
ゴミ運搬車に見えるものに変えられたものもあるし、
国連の公用車の色である白に新たに塗られたものもある。
しかし、今日に至るまで、国連に「売却された」
ものがあることを証明するものは何もない。
ソーシエにあるトラックの多くは
NBC(核・生物・化学)戦争汚染除去車両であるが、
洗練された移動通信指令センターであるものもあり、
そのすべてにソビエト製の電子機器がいまだに満載されている。
より転載
アメリカ国内に駐留するロシア軍
ソビエトの軍用兵器がアメリカ全土に現れる
1994年の始まりと共に、国中のアメリカ人が
大量のロシア軍用兵器を、
そして例は少ないが、場合によっては、
数年前までは崩壊したソビエト社会主義帝国の一部だった諸国に
あった物を目にし始めた。
南ミシシッピにソーシエという小さな町がある。
州道49号沿いにガルフポートの北へ25マイルほど行ったところだ。
そのソーシエのすぐ南にある巨大な兵站施設に、
何百ものソビエト製のトラックがあるところが、
そのビデオテープと写真に収められていた。
環境保護庁の排気ガス排出基準を満たさないために、
合衆国の公道を走ることができるものが一つとしてない外国の車両で
満たされた平原を映したビデオテープと写真が公開された。
その後、アメリカの人々が撮った他の外国
(ソビエトよりも恐ろしい国であることがよくある)
の軍用兵器の実際の写真がいくつか公開された。
こうした軍用兵器は国内の様々な場所で目撃されたものだった。
こうした目撃例の中には、列車のすべての車両が
外国の車を満載しているものが含まれている。
これを目撃して写真に収めたのは、
モンタナとワイオミングとコロラドという西部の州に住む、
関心を持っているアメリカ人たちである。
この列車の目撃の場合、
これらの西部の州の市民たちは自分たちが選出した代議員たちに
電話と手紙を殺到させた。
その中の大部分には返答がなかったか、
国防省からのお茶を濁した返答をもらうかのどちらかだった。
そして、返答のなかった理由の多くは、
議員たちが返答を思いつくことができなかったためだ。
返答の一例を挙げると、
コンラッド・バーンズ上院議員(共和党、モンタナ州)は、
国防相から受け取った返事を有権者に送った。
その返事は、110台の平床型車両が
モンタナ州を通過したことは認めたものの、
目撃され写真に撮られた車
(ソビエト製のジープから武装した車や人員運搬車まであり、
白く塗られて、国連の記章があるものもあった)
はカナダから来たものだと述べていた。
国防省は、
カナダ軍は自国で訓練をするには「寒すぎる」ことに気付き、
それぞれに4台の武装車を乗せた車両も含む、
110台の鉄道平床車両と共に、
軍隊をカリフォルニア州の
キャンプ・ペンドルトンに移送したのだと主張した。
その場所の方がカナダより温暖だからで、
ボスニア派遣の準備のための訓練を行うことができるからだという。
大西洋から太平洋へ、合衆国の北の国境から
北極圏にまたがる巨大な国であるカナダは、
北極圏を含む広大な国土を守らなければならない
軍隊の訓練をするには寒すぎるというのだ。
この手紙が示唆していたのは、
サンフランシスコの南にあるキャンプ・ペンドルトンの周りの地域は、
ボスニアに似ているということだ。
ボスニアとは数年前までユーゴスラビアだった国から離脱した共和国だ。
怒ったモンタナ州民は、このような馬鹿げた話を受け入れなかった。
カナダ軍のスポークスマンは、
カナダ軍の現在の準備状況を考慮に入れた上で、
カナダ軍をすべて動員している間ですら、
武装車を満載した平床型車両を110台結集することは
カナダ軍には難しいだろうということをアッサリと認めたのである。
いずれにせよ、これらの初期の目撃談によって水門が開かれ、
そこからアメリカ中の新聞の編集局に他の報告が、事実上流れ込んだのだ。
一方、ミシシッピーの田舎にあるトラックの発着場からは、
そこに駐車された何百ものソビエト製のトラックの責任者たちがこう主張した。
トラックはドイツでの競りで購入されたもので、
崩壊したドイツ民主共和国(東ドイツ)のもので、
元合衆国空軍中佐が経営している、
エアマル・リソーシズという私企業が購入したものだという。
起業家として彼が以前に経験したものの中には、
“弾薬の輸出”による外国貿易があった。
ミシシッピー州のソーシエと、その近くのパスカグーラ、
更に、アイオワ州のスクラントンにある主要発着場が、
その特定された地点である。
トラックはそこで修理されてから、
世界中の「平和維持と人道的」目的のために、
国連に転売されることになっている。
その貨物引換証は、こうしたトラックが実際にはドイツから来たもので、
国連が使用するために購入されたものであることを証明している。
そして確かに、その中には救急車や
ゴミ運搬車に見えるものに変えられたものもあるし、
国連の公用車の色である白に新たに塗られたものもある。
しかし、今日に至るまで、国連に「売却された」
ものがあることを証明するものは何もない。
ソーシエにあるトラックの多くは
NBC(核・生物・化学)戦争汚染除去車両であるが、
洗練された移動通信指令センターであるものもあり、
そのすべてにソビエト製の電子機器がいまだに満載されている。
2008.02.26 (Tue)
300万人もの巨大な外国軍
http://alternativereport1.seesaa.net/archives/200610-1.html
より転載
2006年10月02日
巨大傭兵組織が意味するもの
ロシア軍を中核とした300万人もの巨大な外国軍が、
現在メキシコ、カナダ、米国等、北米中心に結集し始めている。
9・11に続く米国内での次のテロが、近い将来、
米国政府の「自作自演」で再び起こされる。
その混乱に乗じ、大統領令で戒厳令が発せられる。
その際「裁判抜きで」米国一般市民を逮捕、投獄、処刑するために
準備された私兵が、
この300万人もの傭兵軍団である。
この巨大傭兵組織は現在、米国市民の中から
投獄すべき人物と処刑すべき人物を選別し、
赤と青の色で分類した別々のファイルに
投獄、処刑を分類し、データ集積を行なっている。
データには投獄、処刑する市民の住所地、勤務地を
有色で記した全米各地の都市地図が含まれ、
その地図により市民を迅速に逮捕、投獄、処刑すべく、
この傭兵軍団は全米全都市についての
シミュレーション訓練を繰り返している。
カナダ国内に駐留するドイツ系傭兵だけで、
カナダの正規軍より数で上回るという。
この米国一般市民虐殺のための
米国本土への中国人傭兵の輸送を拒否した
米国海軍作戦部長マイケル・ボーダ提督は
国防総省上層部の命令で既に殺害されてしまった。
この傭兵軍団に真っ先に処刑されるのは、
反戦運動等を行なっている市民団体メンバーではないのか?
誤報である事を祈願する。
情報源は米国空軍元兵士で、
クリスチャンとして主任従軍僧a head chaplainであり、
現在は多数のラジオ番組に出演、
全米を講演旅行しながら米軍の危険活動を警告し続けている
ジム・アマーマンである。
アマーマンは、こうした傭兵の活動は最近始まった事ではない、
と言っている。
より転載
2006年10月02日
巨大傭兵組織が意味するもの
ロシア軍を中核とした300万人もの巨大な外国軍が、
現在メキシコ、カナダ、米国等、北米中心に結集し始めている。
9・11に続く米国内での次のテロが、近い将来、
米国政府の「自作自演」で再び起こされる。
その混乱に乗じ、大統領令で戒厳令が発せられる。
その際「裁判抜きで」米国一般市民を逮捕、投獄、処刑するために
準備された私兵が、
この300万人もの傭兵軍団である。
この巨大傭兵組織は現在、米国市民の中から
投獄すべき人物と処刑すべき人物を選別し、
赤と青の色で分類した別々のファイルに
投獄、処刑を分類し、データ集積を行なっている。
データには投獄、処刑する市民の住所地、勤務地を
有色で記した全米各地の都市地図が含まれ、
その地図により市民を迅速に逮捕、投獄、処刑すべく、
この傭兵軍団は全米全都市についての
シミュレーション訓練を繰り返している。
カナダ国内に駐留するドイツ系傭兵だけで、
カナダの正規軍より数で上回るという。
この米国一般市民虐殺のための
米国本土への中国人傭兵の輸送を拒否した
米国海軍作戦部長マイケル・ボーダ提督は
国防総省上層部の命令で既に殺害されてしまった。
この傭兵軍団に真っ先に処刑されるのは、
反戦運動等を行なっている市民団体メンバーではないのか?
誤報である事を祈願する。
情報源は米国空軍元兵士で、
クリスチャンとして主任従軍僧a head chaplainであり、
現在は多数のラジオ番組に出演、
全米を講演旅行しながら米軍の危険活動を警告し続けている
ジム・アマーマンである。
アマーマンは、こうした傭兵の活動は最近始まった事ではない、
と言っている。
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